気遣いのお茶会
私はお茶が好きだ。
特に好きなのは、緑茶、抹茶、麦茶とかだ。
抹茶なんかはすごく良い。
自分で抹茶の粉を茶碗に入れて、そこにお湯を入れて茶筅で立てる。
ある程度になったら立てるのをやめ、数回茶碗を回してからズズっと飲む。
これが、自分で立てたこともあって、おいしいんだな。
そして、茶室なんかだと雰囲気もあって、よりおいしく飲める。
あの緑の感じ、日本でしか味わえない独特の味。
本当に大好き。
でも、抹茶なんて、日常的に飲んでないので、習慣的に飲んでいるのは、緑茶と麦茶である。
緑茶は、たまにあったかい煎茶とかも飲むと、それはもう、体の芯から温まって、また良い。
麦茶は、時々麦の香りがすると、それをかぎたくなって、色々楽しんじゃう。
こんなことをいっていては、おばあちゃんみたいだけど、やっぱり日本人に生まれた以上は、日本のお茶を愉しめるようになりたい。
でも、紅茶が好きな人もいる。
そういう人はまあ、それはそれでいいと思う。
私も紅茶は好きなんだけど、日本茶には勝らないなあ。
こう長々と日本茶の良さを語っていてもしょうがないから、簡単に自己紹介しよう。
お茶が好きな現役高校生。茶道部部長。好きなお茶は掛川茶と西尾茶。
…まあ、それだけ。
でも、抹茶系のスイーツは大好物!!
良いお店を知ったら、新宿でも渋谷でも吉祥寺でも、近場なら食べに行っちゃう!
この前も友達に誘われて行ったカフェで見つけた抹茶のケーキがすごーくおいしくて!
甘いものは、格別だね!
私は今日も部活をした後、友達と帰るはず…だったのだが…
――――――――――――――――――――
「どういうことですか?!」
茶道部の顧問の先生を相手に、私は怒りをぶちまけていた。帰り際に呼び止められたせいで、友達と一緒に抹茶スイーツを食べる予定が潰れたから、というのも二割くらいある。でも一番問題なのはそこじゃなくて。
「ほら、うちの学校部活数に比べて教室数少ないでしょ?だから似たような部はまとめちゃえってことになってさ。今後は華道部、柔道部と一緒に活動してもらうからよろしく」
我らが顧問は、唐突にそんな宣告を私に叩きつけたのである。
「一部屋に三部活は流石に狭すぎます。どこもそこそこ部員数多いし、曜日も丸かぶりしてるし…」
「ごめんねー、でももう決まっちゃったから。それに、最初は競技かるた部と書道部もの予定だったから、まだマシになった方だよ」
…一体全体、上は何を考えてこの決断を下したのか。私たちの活動場所である和室は、六畳一間が二つに加えて少しのスペースがあるばかり。うーん、どう考えても場所が足りない。
「というわけで、明日華道部と柔道部の部長も呼んでおいたから、三人で適当に話し合っといて!」
先生、それは無茶振りが過ぎませんか?
なんだかんだで翌日、放課後。本当なら今頃心穏やかにお茶を点てているはずなのに、何が悲しくて話し合いなんてしなければいけないのか。そもそも何を話すの?待ち合わせ場所の教室で一人うだうだ悩む…ちょっと早く来すぎたかな。 あー、緊張で喉が渇いた。濃茶飲みたい。
待ちぼうけしながらぼんやりと考えるのは、華道部と柔道部のことだ。二つとも存在こそ知ってるものの、これまで特に関わってはこなかったので事前知識は特に無い。一体どんな人が来るんだろう、不安だな。
いやいや、でもきっと大丈夫。同じ日本文化部同士上手くやれる、はずだ。あれ、柔道部は運動部?まあいいや、ジャパニーズカルチャーの一つであるのは違いない。何事も恐るるに足らず、大和撫子を甘く見ることなかれ!
コンコン、といきなりノックの音が教室に転がる。びっくりした、二人が来たのかな?はーい、と返事をしてドアを開ける。と、そこに居たのは…
「ち-っす」
入ってきたのは背の低い男子だった。無意識に名前を知ろうと、上履きに目が行く。だがあまりにも汚れているため名前は読み取れず、代わりに目に付いたのは踏みつぶされた踵だった。
「あなたは華道部? それとも柔道部の部長?」
同級生にあなた、なんて畏まった尋ね方をするのは違和感しかない。けれど、喋ったことは一度も相手――かつ男子だ。
「おれは柔道部」
そうして彼は立てかけられていたパイプ椅子を引っ張りだし、座った。柔道部にしては細いやつだ。柔道を長くやっている人は耳に特有のたこが出来るって話を聞いたことがあるけど、彼にそれは見られない。投げ捨てられたリュックは薄く、柔道着が入ってるようには思えなかった。
長く沈黙が続く――さすがに黙りこくっているのは変だし、こちらから話を切り出すことにした。
「唐突だよね。部活まとめちゃうなんてさ・・・・・・それに何を話し合えばいいのかわかんないし」
だけど無視。返答はない。彼はスマホの画面を割るような勢いでタップしていた。先ほどの緊張はどこかへ消え、代わりに腹の底から怒りが湧く。いくら何でも無視はないよ。
聞こえなかったのかなぁ、なんて勝手に解釈し、もう一度言おうとしたが口を閉じた。彼はリュックからイヤホンを引っ張り出し、自分の世界に閉じこもってしまった。ゲームらしき音が漏れて聞こえてくる。
いくら放課後とはいえ、顧問の先生が居ないとはい
え・・・・・・非常識な対応に呆れかえってしまう。そもそもあの挨拶は何だ? ちーっすって・・・・・・
――――――――――――――――――――
しばらく無言が続いた。部屋は静まりかえっていて、廊下の向こうで行われている吹奏楽部の練習の音が聞こえるほどだった。私はというと、ペットボトルのお茶に書かれた俳句を凝視していた。だってそれしかやることがないんだから。
「あー暇」
そんな一言とともに彼は椅子にもたれかかった。
「華道部の子はいつ来るんだろうね」
「さあ」
ぶっきらぼうながらも返事があった。会話の、いや暇をつぶすチャンスと思い口を開く。
「柔道部って普段何やってるの? 取っ組み合って投げ合ったりとか?」
彼はこちらを見向きもせず、ぼそぼそと呟いた。
「いや別に、おれは活動してないし」
え、と言葉が漏れる。
「柔道部なんて名だけだ、活動なんて何もしてない」
「えっ、え、どういうこと?」
「だから・・・・・・部員がいないから何も出来ないんだって。ちゃんと大会に出てたりしてたのは先輩たちだけだよ。おれは幽霊部員だったんだけど勝手に部長にさせられただけ」
どう返答すればいいのか分からず、彼をただ見つめる。そういうことなの? 運動部と文化部が同じ部屋にさせられるって。なんか謎が解けたような気がして一人で納得している。
「どうせこの代で終わりだし。部屋の割り振りとかそっちで勝手に決めていいよ。あぁでもおれゲームとか魔剤置くスペースほしいな」
リュックから携帯ゲーム機を出してかちかちとボタンを押しながら、彼はそう言った。開け放たれたリュックからくしゃくしゃになったプリントが数枚と、蛍光色の缶がこちらを見ている。
「魔剤?」
「エナドリだよ」
その言葉も聞き覚えがない。首をかしげると彼は蛍光色の缶を取り出して机に置いた。
「ゲームするときとか期末前に飲んでんだけど、家に置き場所がなくて」
その缶は見覚えがあった。ただ、それだけだが。
エナドリ――エナジードリンク。もちろん買ったこともないし飲んだこともない。普段お茶しか口にしない私にとって、コンビニで手に取ったことすらないものだった。
ただ、風の噂で身体に悪いとか、常飲しちゃいけないとか、そういうのは聞いたことがある。
「これ、カフェインがたくさん入ってるんだよね」
「ああ。飲み過ぎると依存症になる。おれは週一で我慢してる」
「へぇぇえ」
依存になるほど飲む彼に対し、感心したような馬鹿にするような声が出た。思ったより間抜けな声だったせいで、顔をしかめられた。
「でもさ、カフェインの摂り過ぎって身体に悪いんでしょ? やめた方がいいんじゃないの?」
「いやいや、お前んとこのお茶と同じだろ。別に――」
身体に悪いこの飲み物と、私の人生一部でもあるお茶を同列に扱われたせいで、今度はこちらが顔をしかめた。思わずがたんと椅子を倒して立ち上がる。
「お茶と身体に悪いものを一緒にしないでっ!」
お茶を飲めば血糖値が下がるから糖尿病にいいって話はよく聞く。それに花粉症に効くお茶もある。夏も水より麦茶を飲んだ方が熱中症になりにくい。たくさんの効能がお茶にはある。
それに対してこのエナジードリンクは百害あって一利なしじゃないか? 眠気が少し無くなる程度なのに、ずっと依存し続けることになる。お茶を飲み過ぎて死者が出ることはないけど、これを飲んで死んだって話は存在する。
「お茶は身体にいいんだよ、それに美味しいし!」
彼は私に睨み付けられても、冷めた目でこちらを見据えていた。
「じゃあもし、お茶が身体に悪かったらお前は飲まなくなるのか?」
「え――」
言葉が詰まった。私が固まったのを見て、彼はふーっとため息をついた。
「おれもお前も、好きだから飲んでんだろ。別にそれが身体に良かろうと悪かろうと関係なくないか」
「えっ、でも・・・・・・そんなのたくさん飲んだら、早死にしちゃうじゃん」
「まぁある程度のリスクはあるけどさ。健康のためだからーとか言ってクソみたいな味のもんもんばっか飲んで長生きするより、身体に悪いって分かっても好きなもん飲んで早死にした方がよくね? そっちの方が満足して死ねるだろ」
・・・・・・確かに彼の言うことは納得できた。もしお茶に身体に悪い成分が含まれていると分かったとしたら、私は飲むのをやめれるだろうか。部活、放課後、そして家の中。お風呂上がりにほっと飲むあの至高の一時がなくなってしまうのはかなりきつい。今日だけ特別、とか言い訳をしながらこっそりとお茶を煎れる自分の姿が想像できる。
論破されたせいで静かに椅子に座り込む。少し、自分が惨めに思えた。
「・・・・・・確かにそうだね。もしお茶が身体に悪いって分かっても、飲み続けるだろな
ぁ」
「はは、チャ中だチャ中」
アルコール中毒、アル中をもじってお茶中毒と揶揄され頬を膨らませる。だが、先ほどと違って不快感はなかった。
「あぁ、そうだ。そんなにお前がお茶好きなら、これやるよ」
そうして彼はリュックから何かを取り出した。
――――――――――――――――――――
彼が取り出したのは、ぼろぼろになった袋に入った、宇治茶の玉露の茶葉だった。
「親が、お茶が好きだからって前に京都行ったときに大量に買ってきて、買いすぎたからって友達にでもあげろって言われたんだが、別に俺自身はこんなもの要らねえし、第一こんなものあげる当てなんていないし。」
「ちょっと!こんなものってなにさ!」
「さっきお前俺のエナジードリンクけなしたろ?」
「う、うん…ごめん」
「そんで、リュックの底にずっと入れてたの今になって思い出したから、やるよ」
「え…でも、悪いよ、こんな良い茶葉」
「これ良い茶葉なのか?まあ、なんでもいいけどほら、やるから」
すると、ドアのノックの音がした。
「はーい」
そこに立っていたのは、眠そうな男だった。
「あなた…もしかして、華道部の人?」
「あ?えっと…うん…」
その男子はけだるけに畳に座り、部屋を見回した。
「ん?ここ生け花ないのか…つまんないな…」
独り言のようにぼそぼそ言って、ボーッとしていた。
私は、何か話を繋ぐべく、色々思いめぐらせていた。
「ほら、とにかくこれやるから、ちょっとここで休ませてもらうぞ」
「あ…うん、ありがとう。本当に」
結局玉露をもらった。
あとで振る舞ってやる!
「と、ところで…華道部って何人いるの?」
「僕と…もう数人女子がいるだけ」
ぼそぼそっと教えてくれた。
「他の人は外の華道教室で忙しいとかで、無理矢理部長にさせられて…その人たちはクオリティー高いすごい花持ってくるんだけど、僕だけ…一人で使われてない生物準備室で適当なもん作ってんだよ…」
「確かに…文化祭とかで見たことあったかも。華道部の作品みたいなやつ」
「上級生がいなくなったから、更に寂しくなって、廃部の危機なんて言われてたんだけど…結局こんな形になるとはね…」
私たちもちょっと気まずかった。
「んで、これからどうすんだよ」
「えっと…私は本当は統合したくないんだけど…二人はどうなの?」
「俺は別になんでもいいや」
「僕は…他の人にもきいたけど、どっちでもいいらしいから、どっちでもいい」
「う~ん、そしたら…でも、どこも部員数はぎりぎり廃部人数なわけだし…」
「統合しちゃえば?どうせみんな来ないんだし。華道部のお前は隅の方で適当にやってればいいだろ、俺は魔剤置ければいいし」
「僕は…華道部のものを置く棚があればいい」
「一応、棚はたくさん余ってるけど…」
「じゃあ決まりだな。先生にそうやって言うぞ」
「ちょっと!勝手に決めないでよ!」
「でも、こうするほかないだろ。いつまでもグジグジしてられないし」
そう言って、柔道部の人は、魔剤をぐいぐい飲んで畳に寝っ転がる。
「わかった…じゃあいいよ。統合して」
「お、わかった。じゃあ早速先生に…」
「その代わり!」
「は?なんだよ」
「せっかく和室にいるんだから、一杯飲んでいってくれない?」
「うん、まあ、そんくらいならいいけど…」
「まあ、茶道部のやつが立てるんだから、美味いんだろうな」
柔道部の彼は少しあおっている感じだった。
でも嫌な感じはしなかったので、無視して、器材を持ってきて、二人分の茶碗を並べる。
「きれいな花の柄…こういうの作ってみたい」
華道部の彼は茶碗に反応した。
やっぱりそういうほうに惹かれるのかな。
茶道ってものは少し色々形式があるけど、この二人に言っても全然通じないと思ったので、自由にさせようと思った。
茶杓でナツメに入った抹茶の茶葉を数杯茶碗に入れて、ポットのお湯をそれに入れる。
まず一つの茶碗お湯を入れたら、茶筅で抹茶を点てる
抹茶をある程度まで点てたら、茶筅を二回茶碗にトントン、として、隣に置く。
ああ、そうだそうだ。
ゆっくりと立ち上がって、棚から、茶道部常備の和菓子を出す。
まあでも、保存のきくものだけどね
そして、それを自分の懐紙に置いて、二人に差し出す。
柔道部の彼は相変わらず胡座で変わらなかったが、華道部の彼はちょっと緊張してるのか、正座していた。
「どうぞ」
「お、菓子だ。サンキュ」
「ありがとう…」
そして次の茶碗にお湯を入れて、また点て始める。
ああ、この点ててるときが私は一番落ち着く。
とにかくこの
音がいい
泡がいい
感覚がいい
だから、私は点てるのも好きなのだ。
またある程度点ったら、和菓子を食べ終わった二人の前へ出す。
二人はちょっと躊躇っているっぽかったが、華道部の彼が先に飲み始めた。
「うん、おいしい…!すごいね」
私は褒められることなんてそうそうないので、ちょっと顔を赤らめた。
続いて柔道部の彼も飲む。
「…お、おう…悪く…ねえな」
彼の顔は少し赤かった。
「ちょっとお前を見くびってた。やっぱりすげえんだな」
さすがの私も恥ずかしさをちょっと隠せなかったが、喜んでもらえたならよかった。
私は最後に一つだけ彼らに言った
「ありがとう」
それは、おいしいと言ってくれたこと、飲んでくれたこと、そしてこの問題が割と円満解決したことに対する、感謝の気持ちであった。
ただ、やっぱり部活の統合は免れなかったけど。
栄啓あい
こんにちは。二月ぶりですね。
このお話は、リレー小説という形で、一つの小説を、部員三人で作りました。
テーマは、辞書で適当に引いた、「お茶」でやりました。
個人的には結構難しく、少し無理やりな感じになってしまったかもしれないです。
もう一つ私の作品はありますので、そちらもよろしくお願いします。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
卯月望
初めまして、卯月望と申します。まだ何も分かっていない初心者ですが、どうぞよろしくお願いします。濃茶、喉こそ渇きますが美味しいので機会があれば是非。
どらいのいん
こんにちは。元部長のどらいのいんです。
三年生になったので文芸部は引退しましたが、合作という形で参加しました。やっぱり久しぶりに書く小説は楽しいです。受験が終わったら図書館に引きこもって永遠に書いていたいですね。
もしかしたら、これが本当の最後の部誌になるかもしれません。三年間ありがとうございました!またいつかお会いしましょう。