都立武蔵文芸部 デジタル部誌サイト

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さくら咲

 「そして、三つ目の教育目標についてですが……」

 体育座りで入学オリエンョンを聞き始めてから、数十分が経過した。欠伸を噛み殺しながら、授業の残り時間に思いを馳せる。話を聞いておかなければならないと頭では理解していても、集中しようとすればするほど、まぶたが重く感じられる。ほら、もう先生の話が全く頭に入ってこない。それを自覚した瞬間、僕の意識は遠のいていった。

 

 

 「佐倉さ、お前いくら何でも寝すぎじゃね?入学式でも爆睡してたろ」

「僕からすれば、なんで皆起きてられるのか分からないんだけど」

 この学校に入学して早数日、晴れて高校生となった僕は特に今までと変わらずに過ごしている。いきなりテストや山のような課題やらにもみくちゃにされて忙しい毎日を送りはしているが、新しい同級生にも慣れてきたし、順調なスタートが切れたのではなかろうか。特に今話している後藤なんかは、出席番号が近いこともあり、友人歴六日とは思えない距離感で話せている。僕は大抵何処でも寝られる、というか寝てしまうので、起こしてくれる友人はありがたいのだ。勿論一緒に居るのだって楽しい。また他愛もない話をしようと口を開いて、

 

「……さくら?」

 

 声が、聞こえた気がした。自分の名前を呼ぶ声が。

 口を閉じるタイミングを失ったまま、辺りを見渡す僕の姿はかなり不審に見えたようで、後藤が訝しげな顔をしている。彼には特に何も聞こえなかったというので、空耳だろうか。まだ寝ぼけているのかもしれない、と頭を軽く振って歩き出した。

 

 帰りのホームルームがようやく終わっていざ放課後、後藤はさっさとバスケ部の仮入部へと走り去ってしまった。興味をひかれる部活は自分にもいくつかあるが、あいにく今日はどこも仮入をやっていないようだ。仕方ないので一人昇降口で靴を履き替えていると、

 

「さくら」

 

 まただ。あれ以降、どうにも誰かが自分を呼んでいる気がしてならない。聞き覚えは無いが、やや高くて軽やかなこの声はおそらく女子のものだ。急ぎの予定も無いし、誰が呼んでいるのか探してみよう。

 と決めたはいいのだが、如何せん人影が見当たらない。いや、人自体は何人か居るものの、皆僕を呼んでいる気配はない。校舎の周りをうろうろしてみるも、やはりそれらしい生徒は見当たらず。用があるなら分かりやすく出てきてくれれば良いものを。変な人だ。諦めようかとも思ったが、悔しいのでもう少し探したい。多分あっちの方向だと思うのに……目を凝らしても成果はなし。何故こんなに見つからないんだ?だんだんと苛ついてきた、その時。

 

 ひらり。一条の風が走り、桜の花びらが顔のすぐ横を通り過ぎて行った。こんな時期にまだ桜が咲いていたのかと、つい目で追いかけ、ぐるりと首を巡らせた。

 

 「……あっ」

 校舎の壁と外周のフェンスの隙間に、人一人がぎりぎり通れそうな隙間があった。もしや、この先に?少し緊張しながら、そろそろと足を踏み入れた。

 

 

 

 生い茂る草を掻き分けて、数歩。狭い隙間に体を押し込んだ先で、急に視界が開けて却って面食らった。

 そこにあったのは、面積にして六畳一間ほどの空間だった。フェンスや壁で四方を囲まれているものの、そこまで狭くは感じられない。こんな場所があったなんて。最も入学したばかりで、まだ学校の構造に詳しくはない。でもここは、隠しスポットみたいでなんだか好きになれそうだ。

 壁に近寄ってみる。微かに人の声が聞こえてくる。そうか、ここは剣道場の裏なんだ。頭の中でうろ覚えの学校のマップと照らし合わせて、なんとなく納得した気分になる。

かさり、と急に草むらから音がした。誰かの気配を感じて、後ろを振り返る。

「……!」

 

 はっ、として、思わず息を呑む。大きく枝を広げた、一本の桜の木の根元。風が吹くたびに、満開の花々がこぼれ落ちるように舞う。暖かな陽の光を浴びてはきらめく花びらが降り積もり、絨毯のように広がった、その上。そこに、一人彼女は佇んでいた。

 

 この学校の制服に身を包み、肩より少し下まで伸ばした黒髪が柔らかくなびく。背丈は自分よりも少し低いくらいだが、どこか大人びた雰囲気をまとっている。前に揃えられた両手は、何か小さなものを抱えているようだ。

 どうしよう、この人が誰なのか皆目見当がつかない。悪い人ではなさそうだけど。おずおずと目の前の彼女の顔に視線を向ける。目が、合ってしまった。失敗した。慌てて俯きかけたが、それより先に彼女の口が動いた。

「あなたは、誰……?」

 

 

 声から判断するに、呼んでいたのはこの人で間違いないらしい。それ自分の台詞なんだけどな、とか、さっきまで連呼してたよな、とか、腑に落ちないものの仕方なく名乗る。佐倉義継、新高一です。そしてやはり、彼女は僕の名前に心当たりがないようだ。

「そっか、ごめんごめん。まさか誰かに聞かれちゃうとは思わなくって」

 まだ若干不思議そうな顔をしているが、一応納得してもらえたようだ。良かった、いや、別に良くもないな。なんだかモヤモヤした気持ちを抑えながら、こちらも名前を尋ねる。一瞬目を丸くした後で、笑って彼女は答えてくれた。

「私?私は、さくら」

 名前被ってるじゃん。名字でも名前でも、この学年には僕以外に『さくら』はいないはずだ。となると、さくら先輩とでも呼ぶべきだろうか。下の名前だと気恥ずかしいが、そうでなくても少し複雑な気分だ。

 

 「そうだ、知ってる?花が咲くの咲、という字で、わらうって読むの。呼んでた本に書いてあって、いい言葉だなって感動しちゃった」

 彼女……さくら先輩は、こちらに向けてしおりの挟まれた文庫本のページを開いた。さっき手に持っていたのはこれだったらしい。咲う、と書かれたところに、わらう、とのルビ。日本語ってすごい。

 ……自分の頭の半分くらいは、今まで知らなかったその事実に感嘆している。しかし、もう半分が別のことに気を取られてうまく働かない。どうして僕にこんな話をしているのか?どうして先輩はここにいて、そして本当は誰を呼んでいたのか?他に知りたいことが多すぎて、雑学のことまで頭が回らない。

 急に、先輩がまた僕に笑いかけた。見透かされたようで、どきりとする。

「桜の花は好き?」

 唐突な質問。戸惑いながらも、少し考えて好きだと答える。見ると春が来たことを実感するし、ひらひらと舞う花びらは綺麗だ。それに、字こそ違えど自分の名前でもあるし。

「そうね。ふふ、ありがとう」

 感謝されるほどのことは言えなかったのに、先輩は嬉しそうだった。歌うように返事をして、少し間を置いた後また口を開く。その顔に、少しだけ影が差したように見えた。

 

「私ね。待ってる人がいるの。その人に伝えたいこと、沢山あって。謝らなきゃいけないことや、教えてあげたいこと、他にもいろいろ」

 そう語る先輩の顔は辛そうで、その笑顔はどこか寂しげで。

「でも。その人がいつ来てくれるかは分からない。もしかしたら、もう来てくれないかもしれない」

「だけどね」

 言葉を切った先輩は、僕を正面から見据える。うるんだ瞳の奥に、確かな光が宿っていた。

「それでも、どうしても、ここで待ち続けていたいの。だって……」

 

 私は、さくらが大好きだから。

 

 ごうっと強い風が吹いて、巻き上げられた桜の花びらに先輩の姿が隠れる。その向こう側から、澄み渡った声が響いた。

「また遊びにおいでよ。君と話すのは楽しいし、いつでも歓迎するから」

 

 

 目を擦って、周りを見渡す。いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。身体についた草切れを払いながら起き上がり、今まで自分がいた場所を眺める。傾きかけた陽に照らされ、草花がさわさわと揺れている。しかし、それだけだ。

 

 そこには、桜の木なんてなかった。

 

 夢、だったのだろうか。狐につままれたような気分とはこのことだとしみじみ実感する。さくら先輩も、満開の桜の木も、今や影も形もない。

 でも、きっとただの夢でもなかったのだ。傍らに放り投げていた鞄を見やる。そこに乗せられていた、五枚の花びらを持つ花。春を感じさせる、多くの日本人が愛する花。

 ふわりと微笑む先輩の姿が脳裏をよぎった。相変わらず、先輩について僕はほとんど何も知らないままだ。それでも、相手を信じてずっと待ち続ける先輩は、何を思っていたのだろう。それを想像するくらいなら、僕にも許されるだろうか。

 

 

 

  「それでね、その時思いついたの。ほら、いろんなことを知って、そして、いつかそれを他の人にもお裾分けしてあげられたら素敵じゃない?だからかな、先生になりたい、ってそう思ったの」

 あれから数週間が過ぎた。今日も僕はこの六畳一間の隠しスポットへ遊びに来ている。といっても、毎日のように足を運んでいるわけではない。後藤は結局バスケ部に入部したし、自分だって美術部に籍を置いた。高校生、正直思っていた以上に忙しい。だからこうして、午前授業の日の放課後なんかに立ち寄っているのだ。ここに来たのはまだ数回、片手で数えられるほど。たまたま時間が取れない限りは、あまり来ることはない。

 ここに来れば相変わらず、いつだってさくら先輩は居るし、満開の桜が咲いている。流石の僕でも何かおかしいとは思うのだが、不思議と怖くはない。でも友人に話したら病院を勧められてしまいそうなので、今のところ誰にも話したことはない。

 そして、先輩は僕が来るたびに何かしら話をしてくれる。読書が好きなようで、本から数多の知識を得ているようだ。

 

 「ね、佐倉くん」

 また何かを思いついたようで、先輩はふと僕に向き直った。自然と僕も居住まいを正す。

「虹の麓に宝物が埋まってるって話、聞いたことある?」

 ある。正直な話、子供の頃信じていたまである。虹が出るたびにはしゃいでは、消えるまでに辿り着こうと必死になっていた記憶がよみがえった。大抵消える前に自分がバテてしまったが。

「……」

 あれきり先輩は何も喋らない。心なしか普段より口数が少ないようだ。長く会っている訳ではないし、自信はないけれど、そんな気がする。

「先輩?」

「ああ、ごめんね」

 気を取り直したように笑った先輩は、いつかのように切ない表情をしていた。

 

「虹が無かったらさ。どうやって宝物を見つければ良いんだろうね」

 

 あの話から考えれば、虹が無いならおそらく宝物も無い。でも、先輩の言っているのはきっとそういうことではないんだろう。心躍る宝物、その場所を指し示す道標が無かったら。

 

 たとえ存在していたとしても、宝物には辿り着けないかもしれない。

 

 

 また、一人で目を覚ます。帰されてしまった、そう感じた。耳を澄ませば微かに聞こえてくる剣道部の掛け声。日差しは強くなり始めたが、そろそろ梅雨が来るだろう。今日はもう家に帰ろう。

 

 

 

 六月がやってきた。初の定期試験を乗り越えた僕らは、早くも二度目の試験に向けて課題に追われている。この学校、課題多すぎやしないか。物理のレポート五枚以上とか無理なんだけど。

「明日までにあと四枚……嘘だろ?」

「しかもそれ表紙入れて数えてるでしょ。五枚だから」

 後藤と休み時間に駄弁っている。いつもは部活の昼練があるとかで早弁しているのだが、今日は午前授業なので暇そうにしているのだ。無論休み時間に課題をやる気なんて起きないため、こうしてだらけている。

 

 「そういやさ、今日から教育実習生来るんだろ?」

 そうだった。四時間目の英語表現は、実習生が授業をするらしい。この学校の先輩ということだが、縁のある人は特に思いつかなかったのでいつもと違う先生が来るのか、くらいにしか気に留めていなかった。

 チャイムが鳴り、後藤と別れて席につく。少し遅れて、教室に先生が入ってきた。その顔を見て、思わず目を見張った。

 

 先生は黒板に綺麗な字で名前を書き、くるりとこちらに向き直った。肩より大分下まで伸ばした黒髪が揺らいだ。

「白河咲良です。よろしくお願いします」

 やや大人びているし、当たり前だけれど制服も着ていない。それにも関わらず、先生の姿は、口調は、声は。

 さくら先輩に、そっくりだった。

 

 

 この学校の卒業生だとか、趣味は読書であるとか、簡単な自己紹介の後にいつもより新鮮な授業。五十分で授業が終わり、担任と入れ替わって帰りのホームルーム。それが終了した直後、僕はもう職員室へと駆け出していた。先生に聞きたいことが山のようにある。階段を駆け降り、職員室の扉をノックする。白河先生はいらっしゃいますか。今は居ないようだ。どちらへ行かれたか分かりますか。さっき下へ降りていくのを見かけたとか。感謝を述べて、また階段を一段飛ばしに降りていく。もしかすると、もしかするかもしれない。

 

 

 果たしてあの場所へ辿り着くと、壁に寄り掛かったさくら先輩、ではなく白河先生がこちらに気づいて目を丸くしていた。分かっていても見間違うほど、やっぱり似ている。何から聞こうか迷った挙句、心を決めて口を開いて、

「……!」

 ざあっと吹いた風に、思わず後ろを振り返る。

 制服姿の、さくら先輩が立っていた。

 

 姉妹のようにそっくりな顔が二つ。感動の再会?にしては様子が変だ。先輩は、驚いた様子で先生を見つめている。一方先生は、先輩の方を一瞥もしないで僕の方を見ている。まるで、先輩に気づいていないかのように。

 

 気づいていない。自分で考えたことに愕然とする。まさか。いや、でも。先生は依然、不思議そうな顔をしている。先に口を開いたのは、先輩だった。

「やっぱり、分からないか」

 

 その言葉の意味を考える間もなく、突如視界一面を桜色に覆い尽くされる。花吹雪が晴れた後に居たのは、先輩ただ一人だけだった。

 口を開こうとする僕を制して、先輩は静かに語り始める。それは、四年前、白河先生がまだこの高校に在籍していた頃の話だった。

 

 

 それはまだ、ここに桜の木があった時のこと。この場所に気がついた白河先生はここを気に入り、見つけてからは読書スペースとして時折来るようになった。独り言の多い先生は、よく桜の木に話しかけるように本の内容を口にしていたという。そんな風に三年間を過ごした先生は、最後、卒業式の日にもここを訪れた。もうここに来ることは無いかもしれない。しかし、先生はそれを過去の思い出にしてしまわないように、あることをした。

「片手で持てるくらいの、小さな缶を持ってきてね。ちょっとしたタイムカプセルだって笑って、桜の根元に埋めたの」

 いつか夢が叶って、先生としてこの学校にまた来られた時に、この桜の木の下で開けられたら。それって素敵じゃない?そう思ったのだと。

 

 靴が汚れるのも構わずに、持ってきたスコップで穴を掘った先生は、大事そうに日付が書かれた缶をそこへ置いて優しく土をかけた。そして疎らに咲き始めていた桜の花に見送られて、大学へと旅立っていった。

「でもその二年後、今から数えて二年前、大きな台風があったでしょう?あれで桜は倒れてしまって、今はもう、ここには無いの」

「きっと咲良はもう、何処に埋めたのか忘れてしまっている。ここは案外広いの。目印なしに一面掘り返すのは大変すぎる」

「私が、咲良に教えてあげなくちゃいけないのに……」

「できないの。私はもう居ないから。咲良には、私が分からないから」

 本当に辛そうな顔で、先輩は語る。会いたかった人がそこに居るのに、何も伝えることができないもどかしさ。悔しさ。その想いが、痛いほど伝わってくる。

 でも、それなら。正面からさくら先輩を見据えて、僕は口を開いた。

 

 

 「……君。ねえ、大丈夫?」

 気がつくと先輩、じゃなくて白河先生が気遣わしげに僕を覗き込んでいた。風の音に振り返った後、数秒間ぼんやりしていたという。

 具合でも悪いのかと心配する先生に、大丈夫だと僕は答え、小さくつぶやいた。

「呼ばれていたのは、先生だったんですね」

 不思議そうに首を傾げた先生を前に、僕は問いかけた。在学中、ここに来たことがあったんですか?先生は間を置かずして、はっきりと頷いた。

「ええ。懐かしくって、つい来てしまったの。本当はここでやりたいことがあったんだけど、流石にそれは出来なさそうで少し残念」

 照れ隠しのようにはにかんだ先生に、僕は意を決して話しかける。

「もしかして、タイムカプセルですか?」

「その通り。すごいね、どうして分かったの?」

 その言葉に、僕はこの空間の中央へ歩み出て、足元を指さした。そのまま伝えるわけにはいかないけれど、こうすれば。

「以前ここに来た時に、缶の頭が出ているのを見つけたんです。日付があるのが見えて、もしかして誰かの大切なものかと、ここに埋め直しました」

 少し不自然かもしれない。わざとらしいかもしれない。でもこれで、さくら先輩の想いが伝えられる。

 

 脳裏に先輩の顔がよみがえる。伝言役を申し出た僕に、先輩はタイムカプセルの場所と、ある言葉を託した。先輩、取り敢えず役目の半分は果たしましたよ。

 先生は近くに落ちていた手ごろな石を拾って、穴を掘り始めた。手伝おうかとの申し出をやんわり断られてしまったので僕は手持ち無沙汰に空を眺める。数日前に梅雨入りしたはずだが、今日は快晴だ。真っ青な空に飛行機雲が一筋走っている。

 かつん。石が固いものに当たった。先生はさらに周りを掘り進める。やがて、塗装が禿げて少し凹んだ缶を引っ張り出した。

 固唾を呑む僕。深呼吸する先生。四年の時を経て、タイムカプセルが開かれる。

 

 覗き込んだその中にあったのは、一冊の文庫本だった。缶に入っていたおかげか、あまり古びた様子はない。目を細めて本を眺めていた先生の手が、あるページで止まった。

 挟み込まれていた、一枚の桜の花びら。押し花のように固くなったそれを、先生は慎重につまんで持ち上げた。空にかざせば光に透けて、淡く輝く。

 

 ふと、先生が僕の方に顔を向けた。少しうるんだその瞳には、優しい光が宿っていた。

「こんなこと信じてもらえないかもしれないけどね。昔ここで本を読んでいた時、時々誰かが居る気がしたの。独り言も聞いてもらえてるみたいで、不思議と怖くなくって」

 それって。視線を上げた僕を制して、先生は話し続ける。花びらの挟まっていたページを、僕の方へと向けた。

「知ってる?桜の花には色々な花言葉があるの。日本だと精神美、純潔とか。イギリスでは、よい教育。だから何となく、ここに居ると夢を応援してもらえてるようで元気付けられてたの。そして、フランスではね。私を忘れないで、って」

 

 桜の花を傷つけないように大切に両手で包んで、先生は笑っている。

「ここに来た理由は、タイムカプセルを開きに、というのもあるけど、実はもう一つあるの。かつて三年間、私の話を聞いてくれた感謝を伝えたくって。私、忘れずにちゃんと夢を叶えてここに戻ってきたよ、そう教えたくって」

「もうここに桜の木は無いって聞いてたから、実際見ると少し寂しくなっちゃったけど……でも、やっぱり伝えに来たかった。だって、」

 

 私は、桜が大好きだから。

 

 風もないのに、草木が揺れた。誰かの気配を感じて、先生と二人、後ろを振り返る。隣で先生が、はっと息を呑んだのが分かった。

 

 制服姿の黒髪の少女。さくら先輩。姿を借りてしまうほど、ある一人を想い続け、決して忘れることなく待ち続けていた一本の木。伝えたいことが沢山あるはずなのに、その全てを込めて、先輩は言った。

 

「私も。私も、咲良が大好き」

 

 季節外れの花吹雪が舞う。伝言役、必要なかったな、なんて思う僕の横で、二人はそれ以上の言葉もなく見つめ合う。晴れ渡る空の下で、やがてどちらともなく、

 

 

 ふわりと咲った。

 

 

 

 こんにちは。卯月望です。最近はマシュマロにハマっています。ジャム入ってるやつ美味しいですよね。バーベキューが出来る世の中になったら、串に刺して焼いて食べたいです。

 さて、今回はファンタジー風味のお話を目指してみました。実はこの『隠しスポット』、武蔵のある場所をモデルとしています。元気な桜の木も生えてますので、良ければ探してみてください。自分にしては長めのストーリーを頑張ってみたので、目を通してくださると幸いです。感想頂けるととても喜びます。

 今年度はコロナのせいで色々なことを我慢しなければならず、大変なことも多くありました。そんな中でも、無事部誌を発行することができ嬉しいです。この場を借りてお世話になった方々に御礼申し上げます。ありがとうございました!