五千文字キューピッド
恋の成就というのには様々な要因が複雑に折り重なって成立している。お互いの気持ちの揺れ動き、周囲の環境などなど…。そのなかの一つでも違えばそれは成り立たなくなってしまう。そんな繊細な恋愛がうまくいくように事を運ぶ仕事をご存じだろうか?
そうキューピッドである。恋愛成就のためにキューピッドは先っぽがハートの弓矢を使っているというイメージがあるかもしれないが実は違う。そんな人の心を操作してしまうような倫理観というのをお腹の中においてきたような道具は天国には存在しない。
キューピッドができるのは恋愛が実るための環境を整えるくらいだ。
この話はそんなキューピッドとして生きる者の話である
「つまりだね、手品というのは言葉と動きで巧みに相手の意識を誘導して見えないところでちょこまかするのが基本なんだよ」
「こうして、いま千帆君は私のテクニカルな会話で視線が完全にこの右手に向かっているだろう?」
「いや、今ボクの視線の先にあるのは手元のキューピッド院に送る書類ですが…」
「なんだい君は退屈な奴だな。ちょっとはそんな仕事を放り投げて遊んだらどうだい?」
「遊ばそうとする気があるならちょっとは手伝ってくださいよ…天羽さんここ一週間手品の練習とけん玉しかしてないじゃないですか…どっちも一向に上達しないし」
「私は大器晩成型だからね。晩年は手品とけん玉で一攫千金しているさ」
「そんな当たるかどうか分からないけん玉よりも堅実な仕事をしてくださいよ…」
「けん玉は当てるものじゃなくて乗せるものだろう」
大変な上司に属している部下は大変だなぁと千帆が天羽の始末書を書いていると、事務所のドアがバーンと勢いよく開かれた
「おこぼれ案件が来ましたよ~!天羽さーん!」
気の抜けた声とともに炭酸が抜けたような空気を放つ人物がみすぼらしいこのオフィスにやってくる。
彼女の名前は加賀。キューピッド院で働くしがない社畜だ。
「いや~、案件なんて久しぶりだな。暇すぎて最近は自主的に色々やっちゃうくらいだったもので。」
「自主的に色々やりすぎて始末書になりましたけれどね…」
「あはは~やっぱり天羽さんは面白い人ですね~今度は一体何をしでかしたんです~?」
「いや、何もやらかしてなどいないさ。私は私の流儀に則っただけさ」
「ターゲット同士をお互いのことしか考えられないように洗脳したんですよ…この人…」
「あはは~天羽さんらしいやり方ですね~でもこの案件でそんなことしちゃだめですよ~一応こっちで取り扱ってることになってるので~」
「まぁ、過去を振り返ったってしょうがないさ!さぁこの恋愛、五千文字キューピッドが華麗に成就させてやりますよ!!」
説明しよう!五千文字キューピッドとは何か?
この世には数えきれないほどの恋愛があるそれを取り仕切っているのがキューピッドの役割というのはもう知っているであろう。
だが、この世にある恋の数というものは数えきれないものである!キューピッドの仕事の中枢となっているキューピッド院でもその量はさばききることは不可能である。がしかし!キューピッド院は高貴な機関であるため仕事を他に委託するなんてことはできない。少なくともそれを公の場で取引するなんてことは幹部が絶対許さない。なので秘密裏に恋の成就を外部委託しているのである!天羽もそのうちの一人だ!
さてここから本題に入ろう。天羽が主に委託される恋愛というのはライトノベルとかによくあるような種類のものばかりで成就させようとすると平気で単行本4,5巻はいってしまうようなそんな感じの回りくどいものばっかなのである!しかし、そんなものを丁寧にやってしまっては書いてる人も手助けする人も大変である!いっぱい書きたくない!なのでそんな長ったらしい恋愛を五千文字で何とかするのが五千文字キューピッドこと天羽なのである!!
この恋路!どうにか五千文字に収めてやる!!
「今回のはですね~ものすごい鈍感な子なのですよ~」
「ほう、鈍感系ってやつだな…そんなの私の手にかかれば三千文字で終わらせて見せますよ…」
「でもですね~これがなかなかのツワモノで~両方鈍感なんですよ~」
「な、なんですかそれ!?どういうことですか!?お互い自分の気持ちに気付いていないって感じのやつですか?」
「う~ん、そういってもいいのかもしれませんね~周りの人はずっとカップルだと思ってるんですけど~当の二人はただの友人としか思ってないというですね~非常にめんどくさいものなんですよね~」
「あー、お互い全く自覚はないのにこうイチャイチャしあって逆にみている観衆をキュンキュンさせちゃうやつですね~恋心に気付くまで6巻くらいかかりますね」
「そんな感じですね~私たちでやったらそんぐらいかかっちゃうので今日は天羽さんに丸投げしちゃおうかな~って」
「ふむ、いいだろう面白い。まずは現場に行ってみてどんなものか見てみよう。行くぞ千帆君」
二人は事務所の近くにある橋までやってきた。この橋は下を見下ろすのにぴったりな場所らしい。天羽は大体ここからいろんな情報収集をしているらしい。
「いらっしゃい天羽さん。今日も何か探しものかい?」
「はい。毎度すまないです。楓子さんには頭が上がりませんよ。
今日は新しい案件が来ましてね…」
「そうか、困ったもんだねぇキューピッド院も」
天羽の活動というのは極秘で行われているものなので、もちろんだがこれが公に知られてはいけない。実はこの橋は近所に住む元天使長の楓子の自宅にあるものなのだ。だが、天羽がなぜこんなお偉いさんと仲がいいのかそれは助手でも知らないのだ。
「私は歌舞伎揚げを毎日一袋食べれればもう何も望みませんよ…今までの地位も…できる限りのことなら何でも協力しますからね…さぁお茶をどうぞ」
「あぁ、これはどうも」
「(あれでもう二十杯目なのによく飲めるなぁ天羽さん…)」
「(過去最高は七十四杯だからね。これくらいたいしたことないさ)」
「(うわぁ!直接脳内に話しかけてこないでくださいよぅ)」
「ふぅ今日は四十杯で放してもらえたし早く済んでよかったよ。さぁ早速のぞいてみようか」
そういって天羽が橋の下をのぞき込み、加賀に言われた場所を探す。そこは何の特徴もない町だったが、学校が異様に目立つ町だった。学校も何か目立つような要素があるわけでもない。言うなれば学校と町の書き込みの差が段違いなのである。
「今回は学校が舞台か…これならさっさと終わりそうだな…」
「あっ!あれがターゲットじゃないですか!」
千帆が指さす先にいたのは一緒に下校する二人だった。一人が自転車で一人が徒歩。二人は手をつなぐどころか言葉すら一切交わさず。ただ二人歩いているだけだった。千帆の目にはそれがどうしても仲良さそうに見えなかった。これが他人からカップルとして見られているのにいささか疑問も感じた。
「ほんとに恋仲に発展するような感じですか?あれ。喧嘩でもしたあとなんですかね…」
「全く千帆君は何も分かっていないな。あの二人はね、たしかに断片的に表面から見れば友達関係にある事すら見抜くことは難しいだろう。けれどもね、ただ目に見えるコミュニケーションをとっているということだけが人をつなげることじゃないんだよ。あの二人は一日のほとんどの時間を一緒に過ごしているんだ。それはもう、離れているときのほうが少ないほどだ。そんな生活を続けていれば当然周りからはカップルだと思われる。けれども二人にとってはそれが当たり前すぎてしまったんだ。パートナーがいることは必然的なこと。これが各々の性格とマッチングして自分の気持ちを恋と認識してくれないのだよ。」
「いや、でもこれは完全に喧嘩してる様子ですよ。もっとちゃんと見てくださいよ。ほら、双眼鏡貸しますから」
「えーそれは君の観察眼が足りないだけだって………あ、ほんとだぁ~この顔は喧嘩してるわ」
「ほら!言った通りじゃないですか!あんなに講釈垂れてたのに恥ずかしくないんですか!?」
「今のは君を試したんだよ。そんなことはどうでもいいんだ。でも喧嘩というのはありがたい。これでより相手を意識するようになったからね…多分五千文字も使わないさ。三千文字でこの恋を成就させて見せようじゃないか!」
「あーでも残り千五百文字くらいしかないですよ。初めに世界観の説明とか入れましたし。」
「ええっ!?何それ!?聞いてないよ!じゃあ今からでも七千文字キューピッドにでもしようじゃないか…」
「そんなにたくさん文字書けませんよ。どうにかしてあと千五百文字でどうにかしてください。ほらこうボクが喋っているうちにどんどん文字数が減っていきますよ」
「くそう。わかったよ。残り千五百文字でなんとかして見せようじゃないか…」
私と船見は幼馴染という関係だ。いやでも、知り合ったのは中学のころからだから幼ではないのかもしれない春馴染とでもいうべきだろうか?気づいたら私は船見とずっと一緒にいた。それだけは確かだ。多分波長が合うのだろう。お互い自己主張もしないタイプだったので穏便に私たちは平凡な日々を過ごしていた。
ある日のことだった。二人は付き合っているのかい?何気ない質問だった。相手に悪意も何にもない。そんないつもの会話のように投げ出された質問に私はとても言葉に詰まった。頭の中が真っ白になった。なんて答えればいいのかわかんなくなった。その後船見が違う。ただの友達って答えてくれて何とか事なきを得たのだが私の心はなんかちょっとモヤっとした。
その日以来、船見と一緒にいると穏やかではいられなくなった。波長に乱れが生じてしまったのだろうか?それから私は船見に距離を置こうとした。船見と一緒にいるとおかしくなってしまいそうだったからだ。いつもと距離感が違っていた船見は最初は不思議そうに思ってたけど、だんだん船見は不機嫌になっていった。そんな日が重なって船見とは一種の冷戦状態になってしまった。お互い少しの距離感をとりながらあまり話すこともなくなった。ただ一緒にいるだけ。
私はふとこの前見たテレビの内容を思い出した。少しのすれ違いからカップルが分かれてしまう話を。私たちの関係はカップルとも言えないがこの友達関係が崩れていってしまうのではないかと私はものすごい不安に駆られた。心が押しつぶされそうだった。
そして私はついに決心した。船見と仲直りしようと。放課後、一年のころによく言っていた屋上に私は船見を誘った。なんで屋上にしたかは自分でもよくわからなかった。
ここに来るの久しぶりだね。
何気ない話で場を持たせようとするも長くは続かなかった。船見も私が何か言いだしそうにしているのに気が付いているのかもしれない。長い沈黙があった。何分だか何時間だかわからない時間が流れたあと西日ではっきりと見えなかったけど船見が悲しそうな顔をして屋上から出ていこうとしていた。
私は船見がもう戻ってこなくなってしまうように感じて、とっさに船見に後ろから抱き着いた。そして全てを話した。自分の気持ちを全部。
奇遇だね…私も同じ様に君と一緒にいるととってもドキドキするんだ。これは一体何なんだろうね…
分からない…わからない…でも…船見とは一緒にいたい…
「ダメそうです天羽さん!あの二人なんやかんやで友達としての関係を再開させようとしていますよ!」
「なんだと!全くこの夕暮れの屋上での告白というシチュエーションをせっかく時間かけて用意したのに…用意した描写全部カットされてるし…これまでの努力を水の泡にするなんて私は明日から五千文字キューピッドの看板を下ろさなきゃならないじゃないか!!」
「どうするんですか!あと二百五十文字ですよ!!」
「えーい、こうなったら強硬手段だ!本当は最初の方に書いた手品とかけん玉を伏線にするつもりだったがそんなのどうでもいいー」
お互いの心をぶちまけあって二人面と向かおうとしたその時だった。突如私を誰かが後ろからドンと押したのである。不意な衝撃に私は対応できなあった。そして船見とあるところが衝突した。
そのとき、私のドキドキが最高潮に達した。頭が爆発するかと思った。けれどもその体中にかけめぐる気持ちを私はようやく理解した。船見の目を見る。船見も同じ気持ちらしい。
そして私たちはその言葉を同時に口にした。
あとがき
書き終わってタイトルが椎名林檎みたいだなって思いました。内容は全く椎名林檎っぽくないですが。でも椎名林檎を聞きながら書きました。こんなところまで読んでくれたあなたに感謝します!ありがとう!!