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糖分補給

 ふと目を離した隙に、シャーペンがポッ○ーになっていた。

 

 

 こう言ったところで誰も信じないのは勿論分かっている。事実、自分が他人に言われたとしても、まず間違いなく疑うだろう。夢でも見ているんじゃないか?現実逃避をするな、早く目の前の問題に集中するんだ。自身にも何度そうやって言い聞かせたことか。だがしかし、本当に混乱している時、人は何事にも集中できなくなる。よって冷静さを欠いた自分は、中間考査の真っ只中にも関わらず、ただ呆然としているのだった。

 

 周りを埋め尽くしているはずのペンを動かす音すら耳に入ってこない。時計を見て、あと分もないことを知っても焦る余裕もない。取り敢えずテストが終わった後で考えようと思って、思考を切り替えようとした結果、やはり自分の元シャーペンを見つめたまま動けなかった。

 何度だって言おう。気がついた時にはもう既に、ペンがポッ○ーになっていた。持っていたはずのペンが、チョコレートをかけた細長いスティック菓子と化していた。菓子だけに、とか下らない思考にコンマ数秒の時間を無駄にする。自分としては極細の方が好きなのだが、あいにく何の変哲もない、普通のやつだ。ちょうど持っている部分がチョコのかかっていない剥き出しの部分になっているので、幸い手にチョコはついていない。それに、この教室には冷房が効いているので、今のところ溶け出すような気配も見られない。

 

 何故こんなことが起きたのだろう。今から二十分前、この現象に気がついた直後のこと、考え始めた自分は一つの仮説を思いついた。つまり、

 

 夢オチなのではないだろうか、と。

 

 だってあり得ない、シャーペンはシャーペンだしポッ○ーはポッ○ーだ。こんなことは今までの人生約十七年で見たことも聞いたこともなかった。となれば、現実でないと考えるのが一番自然なこと。そう、これは夢の中なのだ。そう考えれば渋々ではあるが、納得がいかないこともない。

 いや、ちょっと待て、と十五分前の自分が待ったをかけた。確かに現実味がなさすぎる、かと言ってこれは本当に夢なのか?朝起きてから今までの連続した記憶がはっきりあるし、これだけ意識しても一向に覚める気配はない。自分が明晰夢を見られるような器用な人間ではなく、夢と悟った瞬間目覚めてしまうタイプの人間であることも分かっている。極め付けには、頬を抓ると痛かった。ここまでくると、流石に夢とは考え難い。

 じゃあこれならどうだ、と分前の自分が主張する。曰く、

 

 最初からポッ○ーだったのではないだろうか』、と

 

 そう言えば昨日、試験勉強の糖分補給のためにコンビニでいくつかお菓子を買い漁ってきた覚えがある。その中にポッ○ーもあったような気がしなくもない。食べている最中に何らかの手違いで筆箱に入れてしまい、それをシャーペンと間違えて取り出して、ようやく気がついたのが今という訳だ。自分は完璧な人間という訳ではない。徹夜の試験勉強できっと頭が混乱していたのだろう。

 何を言っているんだと、しかし分前の自分が呆れかえった。これは二時限目、しかも開始から数分が過ぎたタイミングだった。解答用紙にはちゃんと名前も、大問一の答えも書き込めている。試験開始時点では、たしかにシャーペンだったのだ。それに、自分が買ったポッ○ーなら極細であったはず。よって今手に持っている普通の太さのこれは別物だ。そもそも筆箱の中にポッ○ーを入れて持ち歩いていたのなら、中で折れてしまっているに決まっている。やはり自分が最初に持っていたものはシャーペンだったのだ。

 

 しかし現実としてこれがポッ○ーであることを、現在の自分は理解している。突然超能力を身につけた?あまりに突拍子もなさすぎる。目にも止まらぬ速さで誰かに悪戯された?試験中にわざわざそんなことする奴がいてたまるか。考えても考えても全く答えに辿り着く気がしない。そもそも答えなんて存在するのだろうか?何の理由もなくある日突然シャーペンがポッ○ーになるくらい、実は日常茶飯事だったのではないだろうか。いや、流石にそんなことはなかった。考えすぎでまともな思考ができなくなっていたようだ。しかし、一体全体なんでこんなことに──

 

 チャイムが、鳴った。

 

 

 試験終了。後ろから来た解答用紙の束に、割ほどしか埋まっていない自分のものを載せて回す。前の席の友達が、珍し気な顔でこちらに視線を向けた。試験監督の先生による答案確認が終わるのを待たずに、小声で尋ねてくる。

 

「今回どうしたの?随分調子悪いじゃん」

「いや、シャーペンがポッ○ーに……

「あーもう、だから徹夜はやめとけって言ったのに」

 

 ほら、信じてもらえない。まあ分かってはいたのだが。なんせ自分だって未だに半信半疑なのだから。

 ともかく、本日の試験はこれで終了だ。色んな意味で、とは敢えて言わないでおきたいところである。明日は念のためシャーペンを二本机の上に出しておこうと決意して、帰り支度を始めた。机の上には、やはりポッ○ー。ほんの出来心で、先を齧ってみる。

 ……極細以外も、案外悪くないかもしれないな。サクサクサク、と結局一本食べ切って、あとで胃の中にシャーペンが出現したらどうしようと恐れつつ鞄を背負ったのだった。

 

 下駄箱では既に、他クラスの友達が待っていた。待たせてごめん、と軽く手を合わせ、急いで靴を履き替える。話の種はもちろん、今日の試験についてである。自分の出来は散々だったのであまり思い出したくもないのだが。どうせ言い訳と思われるので、ポッ○ーのことは言わなくてもいいだろう。

 

ちょっとトラブルあって、もう駄目だった。白昼夢すら見えたし……。で、そっちの出来はどうだった?」

こっちも無事死亡。途中で飽きちゃったしお腹空いてきちゃってさ。あー、今このシャーペンがポッ○ーにならないかなー、て思いながらずっと解いてた。ま、そんなこと起きるわけないんだけどね!」

 

 ……

 

「お前のせいか!!!

「えっ、何、ごめんなさい?!」

 

 この後、駅に着くまでの分ほどにわたり懇々と訴えるも、当たり前のように信じてもらえなかった。むしろ寝不足やエナドリの飲み過ぎを心配されたほどである。心外だ。が、試験はまだまだ続く。明日以降はくれぐれも試験中に変なことを考えないように、と念を押して別れた。相手はよく分かっていなそうな顔をしていたが、どうか試験に集中してほしい。

 無論、この友達が犯人だというのもまた滅茶苦茶な話である。リアリティがないことには何も変わりがない。しかし、まあ、厄介ごとに対して都合のいい責任転嫁先が見つかったならば、全力で押しつけようとするのが自分、ひいては人間というものだろう。コンビニに立ち寄って買った普通の太さのポッ〇ーを齧り齧りそう納得付けて、いっそ清々しいほどの気分であった。今夜はよく眠れそうだ。

 

 

 そして迎えた翌日。結局爆睡してしまったので、暗記についてはノーコメント。だが今日用意したシャーペンは二本、これで万一の事態にも対応できるだろう。昨日消失したはずのシャーペンも、いつの間にか筆箱の中に戻ってきていた。チャイムと共に試験開始、名前を書いて問題を解き始める。大問一はまだ簡単な部類だ。記述途中でうっかり書き損じをしてしまい、直そうと消しゴムに手を伸ばして。

 

 

 指先に触れたのは、チ○ルチョコだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 こんにちは。卯月望です。

 勉強でもそうでなくても、考え事をするにはものすごく糖分を使いますよね。そんな時にはあまり気を張り詰め過ぎず、適度に補給すべきではないかと思います。もちろん摂り過ぎは虫歯にもつながるので厳禁ですが、息抜きも大切ですよね。課題やらなにやらに追われる日々ではありますが、たまにはゆっくり休んでください。