都立武蔵文芸部 デジタル部誌サイト

都立武蔵文芸部の部誌のデジタルVerです。個々の作品を掲載します。予告なく作品の変更・削除を行う可能性があります。ご了承ください。

五千文字キューピッド

 恋の成就というのには様々な要因が複雑に折り重なって成立している。お互いの気持ちの揺れ動き、周囲の環境などなど。そのなかの一つでも違えばそれは成り立たなくなってしまう。そんな繊細な恋愛がうまくいくように事を運ぶ仕事をご存じだろうか?

そうキューピッドである。恋愛成就のためにキューピッドは先っぽがハートの弓矢を使っているというイメージがあるかもしれないが実は違う。そんな人の心を操作してしまうような倫理観というのをお腹の中においてきたような道具は天国には存在しない。

キューピッドができるのは恋愛が実るための環境を整えるくらいだ。

この話はそんなキューピッドとして生きる者の話である

 

「つまりだね、手品というのは言葉と動きで巧みに相手の意識を誘導して見えないところでちょこまかするのが基本なんだよ」

「こうして、いま千帆君は私のテクニカルな会話で視線が完全にこの右手に向かっているだろう?」

「いや、今ボクの視線の先にあるのは手元のキューピッド院に送る書類ですが

「なんだい君は退屈な奴だな。ちょっとはそんな仕事を放り投げて遊んだらどうだい?」

「遊ばそうとする気があるならちょっとは手伝ってくださいよ天羽さんここ一週間手品の練習とけん玉しかしてないじゃないですかどっちも一向に上達しないし」

「私は大器晩成型だからね。晩年は手品とけん玉で一攫千金しているさ」

「そんな当たるかどうか分からないけん玉よりも堅実な仕事をしてくださいよ

「けん玉は当てるものじゃなくて乗せるものだろう」

 大変な上司に属している部下は大変だなぁと千帆が天羽の始末書を書いていると、事務所のドアがバーンと勢いよく開かれた

「おこぼれ案件が来ましたよ~!天羽さーん!」

 気の抜けた声とともに炭酸が抜けたような空気を放つ人物がみすぼらしいこのオフィスにやってくる

彼女の名前は加賀。キューピッド院で働くしがない社畜だ。

「いや~、案件なんて久しぶりだな。暇すぎて最近は自主的に色々やっちゃうくらいだったもので。」

「自主的に色々やりすぎて始末書になりましたけれどね

「あはは~やっぱり天羽さんは面白い人ですね~今度は一体何をしでかしたんです~?」

「いや、何もやらかしてなどいないさ。私は私の流儀に則っただけさ」

「ターゲット同士をお互いのことしか考えられないように洗脳したんですよこの人

「あはは~天羽さんらしいやり方ですね~でもこの案件でそんなことしちゃだめですよ~一応こっちで取り扱ってることになってるので~」

「まぁ、過去を振り返ったってしょうがないさ!さぁこの恋愛、五千文字キューピッドが華麗に成就させてやりますよ!!」

 

 説明しよう!五千文字キューピッドとは何か?

この世には数えきれないほどの恋愛があるそれを取り仕切っているのがキューピッドの役割というのはもう知っているであろう。

だが、この世にある恋の数というものは数えきれないものである!キューピッドの仕事の中枢となっているキューピッド院でもその量はさばききることは不可能である。がしかし!キューピッド院は高貴な機関であるため仕事を他に委託するなんてことはできない。少なくともそれを公の場で取引するなんてことは幹部が絶対許さない。なので秘密裏に恋の成就を外部委託しているのである!天羽もそのうちの一人だ!

 

 さてここから本題に入ろう。天羽が主に委託される恋愛というのはライトノベルとかによくあるような種類のものばかりで成就させようとすると平気で単行本4,5巻はいってしまうようなそんな感じの回りくどいものばっかなのである!しかし、そんなものを丁寧にやってしまっては書いてる人も手助けする人も大変である!いっぱい書きたくない!なのでそんな長ったらしい恋愛を五千文字で何とかするのが五千文字キューピッドこと天羽なのである!!

この恋路!どうにか五千文字に収めてやる!!

 

「今回のはですね~ものすごい鈍感な子なのですよ~」

「ほう、鈍感系ってやつだなそんなの私の手にかかれば三千文字で終わらせて見せますよ

「でもですね~これがなかなかのツワモノで~両方鈍感なんですよ~」

「な、なんですかそれ!?どういうことですか!?お互い自分の気持ちに気付いていないって感じのやつですか?」

「う~ん、そういってもいいのかもしれませんね~周りの人はずっとカップルだと思ってるんですけど~当の二人はただの友人としか思ってないというですね~非常にめんどくさいものなんですよね~」

「あー、お互い全く自覚はないのにこうイチャイチャしあって逆にみている観衆をキュンキュンさせちゃうやつですね~恋心に気付くまで巻くらいかかりますね」

「そんな感じですね~私たちでやったらそんぐらいかかっちゃうので今日は天羽さんに丸投げしちゃおうかな~って」

「ふむ、いいだろう面白い。まずは現場に行ってみてどんなものか見てみよう。行くぞ千帆君」

 

 二人は事務所の近くにある橋までやってきた。この橋は下を見下ろすのにぴったりな場所らしい。天羽は大体ここからいろんな情報収集をしているらしい。

「いらっしゃい天羽さん。今日も何か探しものかい?」

「はい。毎度すまないです。楓子さんには頭が上がりませんよ。

今日は新しい案件が来ましてね

「そうか、困ったもんだねぇキューピッド院も」

 天羽の活動というのは極秘で行われているものなので、もちろんだがこれが公に知られてはいけない。実はこの橋は近所に住む元天使長の楓子の自宅にあるものなのだ。だが、天羽がなぜこんなお偉いさんと仲がいいのかそれは助手でも知らないのだ。

「私は歌舞伎揚げを毎日一袋食べれればもう何も望みませんよ今までの地位もできる限りのことなら何でも協力しますからねさぁお茶をどうぞ」

「あぁ、これはどうも」

(あれでもう二十杯目なのによく飲めるなぁ天羽さん)

(過去最高は七十四杯だからね。これくらいたいしたことないさ)

(うわぁ!直接脳内に話しかけてこないでくださいよぅ)

 

「ふぅ今日は四十杯で放してもらえたし早く済んでよかったよ。さぁ早速のぞいてみようか」

 そういって天羽が橋の下をのぞき込み、加賀に言われた場所を探す。そこは何の特徴もな町だったが、学校が異様に目立つ町だった。学校も何か目立つような要素があるわけでもない。言うなれば学校と町の書き込みの差が段違いなのである

「今回は学校が舞台かこれならさっさと終わりそうだな

「あっ!あれがターゲットじゃないですか!」

 千帆が指さす先にいたのは一緒に下校する二人だった。一人が自転車で一人が徒歩。二人は手をつなぐどころか言葉すら一切交わさず。ただ二人歩いているだけだった。千帆の目にはそれがどうしても仲良さそうに見えなかった。これが他人からカップルとして見られているのにいささか疑問も感じた。

「ほんとに恋仲に発展するような感じですか?あれ。喧嘩でもしたあとなんですかね

「全く千帆君は何も分かっていないな。あの二人はね、たしかに断片的に表面から見れば友達関係にある事すら見抜くことは難しいだろう。けれどもね、ただ目に見えるコミュニケーションをとっているということだけが人をつなげることじゃないんだよ。あの二人は一日のほとんどの時間を一緒に過ごしているんだ。それはもう、離れているときのほうが少ないほどだ。そんな生活を続けていれば当然周りからはカップルだと思われる。けれども二人にとってはそれが当たり前すぎてしまったんだ。パートナーがいることは必然的なこと。これが各々の性格とマッチングして自分の気持ちを恋と認識してくれないのだよ。」

「いや、でもこれは完全に喧嘩してる様子ですよ。もっとちゃんと見てくださいよ。ほら、双眼鏡貸しますから」

「えーそれは君の観察眼が足りないだけだって………あ、ほんとだぁ~この顔は喧嘩してるわ」

「ほら!言った通りじゃないですか!あんなに講釈垂れてたのに恥ずかしくないんですか!?」

「今のは君を試したんだよ。そんなことはどうでもいいんだ。でも喧嘩というのはありがたい。これでより相手を意識するようになったからね多分五千文字も使わないさ。三千文字でこの恋を成就させて見せようじゃないか!」

「あーでも残り千五百文字くらいしかないですよ。初めに世界観の説明とか入れましたし。」

「ええっ!?何それ!?聞いてないよ!じゃあ今からでも七千文字キューピッドにでもしようじゃないか

「そんなにたくさん文字書けませんよ。どうにかしてあと千五百文字でどうにかしてください。ほらこうボクが喋っているうちにどんどん文字数が減っていきますよ」

「くそう。わかったよ。残り千五百文字でなんとかして見せようじゃないか

 

 私と船見は幼馴染という関係だ。いやでも、知り合ったのは中学のころからだから幼ではないのかもしれない春馴染とでもいうべきだろうか?気づいたら私は船見とずっと一緒にいた。それだけは確かだ。多分波長が合うのだろう。お互い自己主張もしないタイプだったので穏便に私たちは平凡な日々を過ごしていた。

 ある日のことだった。二人は付き合っているのかい?何気ない質問だった。相手に悪意も何にもない。そんないつもの会話のように投げ出された質問に私はとても言葉に詰まった。頭の中が真っ白になったなんて答えればいいのかわかんなくなた。その後船見が違う。ただの友達って答えてくれて何とか事なきを得たのだが私の心はなんかちょっとモヤっとした。

 その日以来、船見と一緒にいると穏やかではいられなくなった。波長に乱れが生じてしまったのだろうか?それから私は船見に距離を置こうとした。船見と一緒にいるとおかしくなってしまいそうだったからだ。いつもと距離感が違っていた船見は最初は不思議そうに思ってたけど、だんだん船見は不機嫌になっていった。そんな日が重なって船見とは一種の冷戦状態になってしまった。お互い少しの距離感をとりながらあまり話すこともなくなったただ一緒にいるだけ。

 私はふとこの前見たテレビの内容を思い出した。少しのすれ違いからカップルが分かれてしまう話を。私たちの関係はカップルとも言えないがこの友達関係が崩れていってしまうのではないかと私はものすごい不安に駆られた。心が押しつぶされそうだった。

 そして私はついに決心した。船見と仲直りしようと。放課後、一年のころによく言っていた屋上に私は船見を誘った。なんで屋上にしたかは自分でもよくわからなかった。

 ここに来るの久しぶりだね。

 何気ない話で場を持たせようとするも長くは続かなかった。船見も私が何か言いだしそうにしているのに気が付いているのかもしれない。長い沈黙があった。何分だか何時間だかわからない時間が流れたあと西日ではっきりと見えなかったけど船見が悲しそうな顔をして屋上から出ていこうとしていた。

 私は船見がもう戻ってこなくなってしまうように感じて、とっさに船見に後ろから抱き着いた。そして全てを話した。自分の気持ちを全部。

 奇遇だね私も同じ様に君と一緒にいるととってもドキドキするんだ。これは一体何なんだろうね

 分からないわからないでも船見とは一緒にいたい

 

「ダメそうです天羽さん!あの二人なんやかんやで友達としての関係を再開させようとしていますよ!」

「なんだと!全くこの夕暮れの屋上での告白というシチュエーションをせっかく時間かけて用意したのに用意した描写全部カットされてるしこれまでの努力を水の泡にするなんて私は明日から五千文字キューピッドの看板を下ろさなきゃならないじゃないか!!」

「どうするんですか!あと二百五十文字ですよ!!」

「えーい、こうなったら強硬手段だ!本当は最初の方に書いた手品とかけん玉を伏線にするつもりだったがそんなのどうでもいいー」

 

 お互いの心をぶちまけあって二人面と向かおうとしたその時だった。突如私を誰かが後ろからドンと押したのである。不意な衝撃に私は対応できなあった。そして船見とあるところが衝突した。

 そのとき、私のドキドキが最高潮に達した。頭が爆発するかと思った。けれどもその体中にかけめぐる気持ちを私はようやく理解した。船見の目を見る。船見も同じ気持ちらしい。

 そして私たちはその言葉を同時に口にした。

 

 

 

 

 

あとがき

 書き終わってタイトルが椎名林檎みたいだなって思いました。内容は全く椎名林檎っぽくないですが。でも椎名林檎を聞きながら書きました。こんなところまで読んでくれたあなたに感謝します!ありがとう!!

完全世界

あたしはアイドルの類があまり好きではない。

生まれ持った顔ガチャ親ガチャで勝ってそういう職業につけたのだから。世間一般も「かっこいい」と気持ち悪いほどに囲って中身を見ようとありゃしない。気色悪い。

 

「有咲〜〜ノート写させて」

 

「またぁ?」

 

「今日まで!今日だけだからー」

 

お前自分の課題くらいちゃんとやれよ。迷惑なんだよこっちは。ただ目の前で懇願されてどう断ればいいのだ。ここで断ったらあたしがただの心が狭い人になるじゃないか。

 

「分かった、いいよ」

 

と微笑んでにこにこしながら言う。

 

「ありがとー」

と彼女はいつものグループのメンバーのところまで走り、『有咲って便利だよね〜基本的には断らないし』と言い、友達から『仲良いよね』って言われて彼女は『別に?ただ見せてくれる人って感じ』と呟くのが思いっきり聞こえ吐き気がした。人間関係めんどくさいからこっちはわざわざ気を使って薄い関係にしてるんだよと心の中で呟いた。

友達が『聞こえるよー性格悪いなお前』と言いつつも笑っていた。

 

まあ大抵こういう奴らは顔がいいとか運動が出来るとかそういうスペックがあるから人に媚びを売られているのだろう。

その癖媚び売っているような人間はあたしみたいな人を見下してるのが丸わかりだし、と考え始めたところで辞めた。きりが無いしこんなこと考えたところであたし自身が惨めなだけじゃないか。

 

あたしがアイドル嫌いなのにはこういう私生活で虐げられているようなことが多いからかも知れない。綺麗事ばっか言える人もこんな心の曲がったことを考えられる人も大体顔が良いという特徴がある気がする、別に怨んでない。こういう人は屑なのに自分が世界を知っているみたいな態度を出すから正直呆れている。

 

「椎名さん、いつも日直の仕事やってくれるよねありがと」

 

「別に大したことじゃないしいいよ」

 

声をかけてくれたのは堺君で、あたしが唯一そこら辺の集団で尊敬しているうちの人だ。

運動が出来て顔が良いと持て囃される奴はだいたい本人も満更では無い様子でそんなことないと笑うのだが堺君は別に、と概ね返してあたしみたいな人を見下したりとか、そういう様子もない。好きとかではないけど気になってたりはする。ただライバルがやはり多いので積極的に話すかと言われたらそうでも無い。席が隣だったり近かった時にようやく勇気を持って話せるくらいだ。

だからいつも遠目で見ている。

 

「椎名さんってアイドル好きじゃないよね?どうして?」

 

唐突に彼から言われてあたしは驚いた。彼がやっぱりそんなこと質問するなんて思ってなかったから。

 

「えー、そんなことないよっ。好きだよー」

と愛想笑いで返す。あああたしもこんなに性格が歪んでるんだなと思うと失笑した。

 

「そうなんだ……ただいつも虚ろな表情をしているから、本当に笑っていないというか」

 

「笑ってるよー堺君冗談きついって」

爆笑しているように笑う。

 

「ほら、堺君友達に呼ばれてるよー」

と彼の目を引き私は図書室へと走り抜けた。

 

図書室で本を読んで自分が主人公になった気持ちで読むとわくわくする。私が好きなのは夏目漱石で彼が言った「月が綺麗ですね」という台詞が好きだ。ストレートに愛してるっていうのもなんか気が引けて気持ち悪いしそういう時だけ家族愛〜とか恋愛〜とか持ち出してくるのも正直見ていて哀れんでいる。陳腐で中身のない発言よりも遠回しに言って伝えてくれた方が素敵だと思う。これも私のエゴなのだろうか。

 

「まって、椎名さん」と堺君は追いかけて来たみたいで息を切らしながら話そうとしている。

 

「そんなに、アイドルとか否定したくなるのって何、 俺の兄貴アイドルやってて顔がいいからってだけで浮かれるなとか言われてるんだけど、顔がいいだけじゃダメなことだってあるし否定するのよくないと思う」

 

えー……案外面倒臭いんだな……堺君。なんて説明したら伝わるのこれ。

 

「アイドルは人に笑顔を与えてるから凄いと思う、俺は尊敬するよ」

 

「椎名さんの考えを聞かせて欲しいんだ、その、なんとなく椎名さんが他の子と違って客観的に自分を見ている気がするから」

 

────あたしは息を飲んで一言一言噛み締めるように話した。

 

「確かに、アイドルは凄いと思う。人様に立ってミスも許されないしファンだと思っていた子に裏切られたりするし、だけど私はアイドルが好きになれない。」

 

「アイドルが皆に笑顔を与えるって言うけど実質囲いがきゃーって言ってるから笑顔を与えているように見えるだけで興味ない人にとってはどうでもいいもの。」

 

「堺君がアイドルを嫌いにならないでとか私が否定するのがおかしいとか言うけれど」

 

「貴方のエゴを私に押し付けて何がしたいの、私だってこれまで上手くやってきたはずなの」

 

「価値観の違いを指摘されたところでそれは人としての個性を奪うことにも繋がる。」

 

「私が今までどれくらい考え詰めてきたと思う?わざわざ阿呆みたいなキャラ作ってさ皆と喧嘩したくないから誰に対しても壁を作って愛想笑いで返してきた。本当に笑えたことなんて無いかもしれない。それでも私は満足してる」

 

「椎名さんの考えは分かった、でも本音を言い合える友達居なくなるよそれだと」

 

「もうそういうの辞めたら?」

 

「本音を全部言い合って何もかも分かり合えているみたいなの、誰だってまともに見られたいんだよ」

 

「誰だってこの世界のどこかに綻びがあってそれを埋めるためには嘘だってつかないといけないんだよ」

 

私は固まった。自分は堺君のことが好きなはずなのにどこか冷めている。何に対しても冷めている。

本当の意味での好きが無いんだなと思うとショックを受けた。

そしてまた目の前で話していた堺君も目を開いたまま黙っている。私と視線が合わない。

 

正しいとか正しくないとか誰に決めて貰えたらどんなに楽なんだろう。

どこかで笑い声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

雨宮澪です。初めての部誌です。

小説を書く意欲が無くなっていてスランプなのか分からないですが最近何を書いても上手くいかない気がします。なので、有咲ちゃん(主人公)堺君を登場させてとりあえず人の価値観っていうのをテーマにして短編だから短く書こうと思った次第であります。皆さんがどう感じたのか分かりませんがこの話を通して人と人の関わりを深く考えて欲しいと思いました。

読んで下さりありがとうございました。

今週もまた、あいつがやってくる。なんでもない顔をして、何事もなかったかのように颯爽と、俺の前に現れるだろう。薄い紙で武器を隠して。

 

初めてあいつが来たのは、授業中だった。あいつが時間を全て支配しているのをこの目で見るのは、初めてだった。

バスの中でも、電車の中でも、教室での休み時間でも、家の中でも、俺の友達が、あの子が、親が、先生でさえあいつの話をする。

 

あいつに振り回されるなんて、もううんざりだ。だけど、あいつがいないと学校が成り立たないことだってわかってる。

だから、俺はお前がきらいだ。成績さえも全て決めてしまうお前が。

 

もうすぐ俺たちは、あいつと戦った後始末をすることになる。そして二週間後には準備を始め、一か月後にはまた戦うことになるだろう。正直、面倒くさいがしょうがない。

 

「俺は今回、だめだった。怒られるかもしれない。」

「そんなことないでしょ。いつも笑顔なくせに、何言ってんの。多分あんたより私の方がだめ。絶対怒られる。」

 

「私、結構できたかも。」

「えー、ほんとに? 私全然できなかったけど。さてはお前、頑張ったな?」

「えへへ。」

 

「あれとこれができなかったよう。助けて。」

「大丈夫。私もできなかったからさ。」

 

定期考査という名の敵が、来月もまたやってこようとしている。

 

 

 

 

 

あとがき

はじめまして。如月悠と申します。

嫌いなものとぶつかる、戦う前の気持ちを考えて書きました。楽しんでいただけたら幸いです。

部長挨拶

 このたび、私たち文芸部の作品をご覧になって下さり、ありがとうございます。都立武蔵文芸部高校部長の卯月望です。


 今年初めての部誌がようやく発行できることとなり、嬉しい限りです。去年に引き続き、新型コロナウイルスの影響もあって例年通りとはいかないことが多くあります。様々な方の協力があってなんとかこの部誌を発行することができました。皆さま本当にありがとうございます。文化祭において、文芸部は部誌頒布以外にも企画を行っています。部員による読書案内、部誌の内容紹介動画と充実しておりますので、そちらも楽しんでいただけたらと思います。


 さて、なんと今年からは文芸部が中高合同となりました。新たな部員も計四人加わり、少しにぎやかになったように思われます。まだまだ小さな部ではありますが、今後とも見守っていただけると幸いです。もちろん新規部員も二十四時間三百六十五日大歓迎しています。見学だけでも構いませんので、お時間があったらぜひ三年一組教室を覗きにいらしてみてください。火曜日、木曜日が活動日です。

 

 それでは、部員一同の心がこもった作品を、どうぞお楽しみください。

部長挨拶

 ブログ執筆者を引き継ぎました、今年度部長の卯月望と申します。活動停止期間など困難は多くありますが、皆様により良い作品を届けることができるよう努力して参ります。

 文芸部はこの度から中高合同となり、部員数も10名へと増えました。慣れない状況下ではありますが、各自で支え合って活動していきたいものです。

 今年度も都立武蔵文芸部をよろしくお願いいたします。

まっしろなキャンハス

 私の通う大学は古く、色がない、汚れがかかった白の建物が並ぶだけ。

 とてもじゃないが、充実している、そして、明るい、とは言えない。

 なんというか、真っ白なのに、薄暗いのだ。

 しかし、私の大学は、キャンパスがここしかないから、しょうがない。

 私は十二月の攻撃的な風を受けながら、そんな大学を出た。

 授業も終わり、あとは帰るだけなのだが、あまり帰る気はしなかった。

 最近の自分の人生に特に楽しいこともなく、ただ少し辛く、生きているだけな私には、大学という場所でも、実家でも、居心地よくいられない。

 かといって今は一人暮らしなのだが、一人でいても特に面白くもない、退屈な日常を過ごしているだけだった。

 とにかく、そんな辛い日常を少し紛らわすために、いつもとは違う道で駅まで歩くことにした。

 途中、おいしそうなカフェや暑苦しそうなジムなどがあった。

 カフェの中を覗くと、最近のトレンドとかに敏感そうなアホみたいな女や、ただ単に充実だけを求めているような忌まわしい男女二人組などを見つけて、気分が悪くなった。

 私にも友達は一応いるのだが、そういう人は大抵すっごく優しい人で、普通の人なら、近づくのも憚れるような女に見えるんだろう。

 私とて、近づくな、ってオーラは全然出しているつもりはないのだが、なぜか寄ってこないしコミュ障なので自分からも近づけない。

 そうすると、「人間」そのものに対して、妬みを覚えてしまうのだろう。

 いつしか赤の他人を中心に人間を不愉快と思うようになってしまった。

 そんな暗いことばかり考えていても、目はちゃんと前を見ているようで、一軒の古本屋があるのが目に留まった。

 その古書店は、狭いが、とても古そうなところで、いかにも古書が置いてあり、長年愛されているところなのだと感じた。

 そして、その雰囲気は、私が、約20年間ずっと行ってみたかったがなかなか見つけられず、想像の中で留まっていた、まさにその古本屋だった。

 そして、思わず入ってしまった。

 入ってみると、ずらりと昭和からの本があり、とても落ち着いた印象だった。

 割とアットホームな感じで、とても居心地がいい。

 本当に素敵な場所で、ずっといられるようなところだった。

 本をしばらく色々物色していると、奥に、同い年くらいの男性がいた。

 その人は、何をしているのかと思えば、何も描いていないキャンパスをただじっと見ているだけだった。

 常連さんだろうか。私服で丸椅子に座っていて、とてもこの店に慣れているようであった。

 こんな人間不信の私だが、その人には、なぜか惹かれるところがあった。

 なんというか、とても不思議なオーラを放っていて、私からみればすごく魅力的で、神聖に感じられた。

 彼は、とても沈着で、私の心を休ませ、同時に、落ち込んでいた私を救ってくれたような気がした。

 それから本屋にしばらくいたのだが、やはり彼のことが気になり、気が散らずにはいられず、結局その日は適当に好きな作家の文庫本を買って店を出た。

 ちなみにレジは、奥からおじさんが出てきて、手早にやってくれた。

 そのおじさんは、地元の人とも結構会話していて、人情味がある、愛されている古本屋なのだと感じた。

 それから数日、私は毎日その古書店に通った。

 普段はそんな道通ることなんてなかったのに、すっかりその道に慣れていた。

 相変わらずカフェの人を憎み、ジムには嫌悪を感じ、その道を歩いていくと、あの古書店がある。

 地図で見ても、どこにあるかよくわからないのだが、自分の足で動くとちゃんとそこに着けるのだ。

 そして、その古書店を覗き、適当に本を選んでいるふりをして、彼をじっと見て、それから一時間くらい、特に何するわけでもなく、建物の中に居座って、しばらくしたら百円の文庫本を買って帰るのだった。

 彼は相変わらず、キャンバスを見ているだけだった。

 たまに筆を執ったと思えば、その筆には絵の具も何もついておらず、ただ空虚を描いているだけだった。

 たまに、彼をじっと見ていると、彼と目が合い、ちょっぴり顔を赤らめることになる。

 でもそんな彼は、ささやかな笑顔を返してくれて、またキャンバスを見つめる。

 そんなとき、また彼に魅力を感じるのだ。

 私は彼に何を求めているのだろう。

 わからない。これが恋なのかもしれない、と思う頃にはもう何かを掴めなくなっているのかもしれない。

 

 ある日、私は彼に思い切って話しかけてみることにした。

 見知らぬ人に話しかけるなんて何十年ぶりだろうか。

 私はとても緊張しながらではあるが、声をかけた。

 

 「ど、どうして何も描かないんですかっ」

 

 しまった。声がうわずってしまった。

 

 「…君は……いつもよく僕のことを見ている人だね」

 「…はい」 

 

 も、もしかして、話しかけちゃいけない感じだった?

 

 「どうして描かないんだと思う?」

 「えっと…なにか、描きたくない理由みたいなのがあるんですかね」

 「…僕は、何も描いていないんじゃないんだよ。何も描いていないものを見ると、いろんな可能性が広がるでしょ。その可能性を想像するのが、好きなんだ」

 「そうなん…ですか」

 「僕は、頭の中で色んなことを描いているんだよ。」

 

 彼の心はとても清らかで、その言葉は、静かではあったが、雄弁のように感じた。

 

 「どうしてこのお店にずっといるのですか?」

 「君もわかると思うが、落ち着くからだよ。店長さんに許可してもらっている」

 

 すると、店長さんが出てきた。

 

 「壮太君は、良い心を持っているからね。思わず僕も彼の魅力に惹かれちゃってね。壮太君はすごい人になりそうだ。そうなったら、おじさん、ファン一号だ」

 

 っと、よくわからないことを言って、また裏に行った。

 彼は、本当に不思議だ。

 そして、幾多もの魅惑を持っている。

 とても素敵だ。

 それから私たちは、しばらく話していた。

 趣味のこと、年齢、通っている大学、思い出話…色々話した。

 まさかの、大学が一緒だったのは、驚いた。

 彼は一応籍を置いているが、あまり通っていないのだという。

 私は、こんなに自然にしゃべれる人が今までにいただろうかと思った。

 

 それからまた数日通った。

 私たちは、目が合うと、話すようになった。

 他愛もない話なのだが、彼のその魅惑を感じるだけで、私には十分になった。

 なんだかんだ時が経ち、二十四日になった。

 私は、毎年クリスマスなんて信じるものではなかった。

 しかし、私の心を救ってくれた彼に、何かお返しをしたかった。

 そのきっかけとして、クリスマスという波を借りて、贈り物をすることにした。

 私は、昔から裁縫は得意であった。

 それなので手作りで手袋を贈ることにした。

 彼は屋内にいるとはいえ、ずっと手が寒そうだった。

 雰囲気があったかいので、それに紛れて気づきづらいが、あの古書店は特に暖房等はちゃんとついておらず、寒いことには変わりなかった。

 手は、絵を描くには寒いとだめだ。

 彼の場合も、ちゃんと絵を描いている。

 彼の「可能性」という絵を。

 手袋の柄は、迷わなかった。

 蓮花。つまり蓮の花だ。

 蓮の花言葉は、「清らかな心」「休養」「神聖」「雄弁」「沈着」「救済」である。

 彼の雰囲気、彼と一緒にいたときに私に憑いた心情の変化や印象などから、蓮はそれを全て表すものだった。

 実家が花屋だったので、花言葉は割合覚えていたから、即決だった。

 蓮の花が描かれた手袋を持って、私はあの古書店に急いだ。

 中に入ると、彼がいた。

 と思った。

 確かに彼の気配は残っていた。

 だけど、彼の姿は、その古書店の中のどこを捜しても、いなかった。

 店長さんは、楽観的なもので、そういう日もある、と丸め込まれてしまった。

 私はあきらめたくなかった。

 そのまま逃げるように古書店を出てしまった。

 そのまま全力で走り、向かった先は…あの、忌み嫌う自分の大学のキャンパスだ。

 門を抜け、自分の学部の棟に入り、進む方向を見失ったところで、息をあげながら、倒れこんだ。

 私は、心細くなっていた。

 私の頭は、とにかく、混乱して、真っ白になっていた。

 体が落ち着き、顔をあげてみた。

 そこには、薄暗い廊下があるのみであった。

 しかし、廊下の先に、見慣れたものがあった。

 私は、鼓動を速めながら、ゆっくりと近づいてみた。

 そこには、彼…ではなく、彼の使っていたキャンバスがあった。

 姿形、傷の場所、紙の質、立て方、傾き、釘の打たれ方。

 彼の物でしかなかった。

 しかし、傍には彼がいない。

 私は、落胆した。

 とても失望した。

 紙袋に入った手袋を持って、しばらくそこに居座っていた。

 冬休みなので、人通りも少なかったが、私を見て避ける人もいたが、もう何も気にしなかった。

 彼を想う気持ちで、押し潰されそうになっていた。

 その日の夜、大学のキャンパスの構内で青年の遺体が見つかったそうだ。

 私は永遠に、彼に会うことはなく、手に抱えた蓮の柄の手袋を渡すことは出来なかった。

 私が彼に思っていた「好き」は、恋だった、とその時気づいた。

 ハスの手袋は、私の胸の中に、彼の形見として、いつまでも残るばかりであった。

 

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モーメント

「ただいま」

 誰に聞かせる訳でもないが、玄関に入ってすぐそう呟いて靴を脱ぐ。家の中には誰もいないようだ。まだ四時半だということを考えれば不思議な事でもない。父は仕事で帰りが遅いだろうし、妹は学校。母は夕飯の買い物にでも行ったか。

 しかしこんなに早く帰って来るのは久しぶりだ。普段いない時間に家にいるとどことなく手持ち無沙汰で、漠然とした疎外感を感じてしまうのは何故だろう。休日の父はいつもこんな感覚なのだろうか。だとしたら少しかわいそうだ。いや、父からしてみたら休日に友達と出かけることもない僕の方がかわいそうに見えているのかもしれない。いつもは学校から直接バイトへ行くので帰るのは夜になる。それから夕飯を食べて、宿題をやって寝るだけで時間は慌ただしく過ぎてしまう。今日は店舗の改装をするとかでバイトは休みをもらった。とは言ってもいきなり手に入った自由時間を持て余している、というのが正直なところだが。こんな時、趣味の一つでも持っておけばよかったと思う。バイトの給料もだいぶん溜まっているし、何か始めてみるのもいいかもしれない。

 とりあえず、今日は何をしようか。帰り道のどこかで時間を潰そうかとも思ったのだが、特にしたいことも無かったのでそのまま帰ってきてしまった。しかし家に帰ったところですることもない。

 リビングのドアを開けると、テレビが点いていた。誰かが消し忘れて外出したらしい。こんなことをするのはきっと母だ。昔から一つの事に意識が向くと他が見えなくなる質で、危なっかしいことが度々ある。テレビの消し忘れも珍しいことではない。大方、夕食のメニューに集中していたのだろう。帰ってきたら注意しなければ。

 画面の向こうではタレントたちが馬鹿騒ぎをしていた。クイズ番組だろうか。まだ夕方だが、こんな時間にやっているバラエティーもあるのかと変なところに関心してしまった。その中には流行に疎い僕でも知っているような芸能人も何人かいる。今映っているのは最近人気の男性アイドルか。

 なんとなく、目で追ってしまった。

 小さい頃、テレビの中のタレントやアイドルに憧れた。その自信に満ちた姿は、両親に連れて行ってもらったヒーローショーで握手した仮面のヒーローと重なって見えた。彼は、幼い僕の目もまっすぐに見て力強い言葉を掛けてくれた。

 そして、笑顔を絶やさず、そこにいるだけで人々を楽しませるその姿に夢を抱いた。いつか僕も、あんなふうになりたいと願った。

 でも今は違う。

 ヒーローになれるのは選ばれた人間だけだという現実を知ってしまった。

 僕には手の届かない所で輝いている彼ら彼女らの姿を見ていても虚しいだけだ。なんて、この年頃特有のひねくれた思考なのかもしれないけど。

 テレビを消した。

 途端に、家の中が静まり返る。窓の外からは下校途中の学生たちのはしゃいだ声が聞こえてくるというのに。僕だけが世界から取り残されてしまったような気分だ。

 テレビを消したところで、僕の空虚さは変わらないみたいだ。

 ガチャリ、と玄関の鍵が開く音がする。当然そのまま扉も開く。誰かが帰ってきた。

 少しの間が空いて、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。

「ただいまー。あれ? 漣いるの? バイトないの? ま、せっかく家にいるんだし、いいかー。最近全然話せてないしね。久しぶりに二人でゲームでもしようよ」

 妹の渚が、リビングに入って来るなり嬉しそうな声を上げた。

 渚も今日は部活が無いらしい。だからと言って友達と寄り道しりする訳でもないのはさすが僕の妹といったところだ。僕と違って誘う友達は沢山いるはずだが。

元気な妹が帰ってきて、静寂はどこかへと消えて行った。一人で虚無感に浸っていたのが馬鹿みたいだ。

 ゲームか。

 たまには少し位、人と遊んでもいいのかもしれない。

「三十分だけならな」

 鞄を放り出し、既に準備を始めている渚の耳には、届いていないかもしれないが。

 

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