都立武蔵文芸部 デジタル部誌サイト

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笑顔

 君の笑顔は、僕の世界を変えてくれた。太陽みたいに眩しくて、見ていると暖かな気持ちになれるその笑顔が、僕は大好きだった。

 

初めて君を知ったのは、桜が舞い散る季節のこと。

和泉市から来ました、宇佐見愛菜です。

 よろしくお願いします。」

そう言って笑う君。短く切りそろえた髪が揺れる。

思えばあの時、あの笑顔をみてから、僕は君を好きになったんだと思う。

 

 初めて君と話したのは、七月。英語の発表でペアになった。

君は英語が苦手な僕に、たくさんのことを教えてくれた。おかげで、発表は大成功だった。

 

 次に君と話したのは、十月。図書委員会で一緒になった。

 よろしくね、と言って微笑んだ君の笑顔は、やっぱりあの時と一緒だった。

 

君に好きな人がいると知ったのは、二月。どうやらその人に手作りチョコレートをあげるらしいと聞いた。

 

君はすごく人気者だった。対する僕は、平凡で、さえない男子。

共通点なんて少ししかなかったし、君と話すのは、勇気が必要だった。

 

 そして、三月。君は何の前触れもなく転校していった。

 

 ほんとは、悔しかった。君に何もしてあげられなくて。

 ほんとは、悲しかった。君との思い出なんて少ししかなかったから。

 でも僕は、それを誰にも見せなかった。怖かったんだ。

 

 そして今日、僕は風の噂で知った。君が亡くなってしまったことを。

 

 知らなかった。知っているつもりでも、僕は何も、知っていなかった。

 君は、重い病気を周りに知られまいと、わざと明るく振舞っていたんだ。みんなが君のことを病気だなんて思わないくらいに、君は明るかった。

 僕だって、信じたくない。でも、君の笑顔がやけに眩しかったのは、きっとそれのせいなんだ。

 

ここはもうすぐ八月。時間があったら、花束を抱えて君に会いに行こうと思う。

 その時までには、僕も君みたいな笑顔を作れるようになりたい。

 

       *

 

「私、好きな人ができたんだ。」

 突然の告白に驚く私に、恥ずかしそうに頬を赤らめる愛菜

「今はまだ何もしないけど、そのうち、気持ちを伝えられたらいいな。」

 そんなことを言っている友達を、応援しないわけにはいかない。

 

和泉市から来ました、宇佐見愛菜です。

 よろしくおねがいします。」

 太陽みたいな、見ているだけであったかくなる笑顔をしている彼女。初めは、何だこのかわいい子って思ってた。席が前後だった私たちはすぐに仲良くなった。

 美人だから性格は悪いんだろ、なんていう人がいるけど、愛菜はそんなんじゃない。瞬く間に、彼女は人気者になっていった。

 

 そんな愛菜のことを、密かに好きだった人はたくさんいたと聞いている。クラスの、いわゆる陰キャと呼ばれるような人から、人気者まで。より取り見取りな選択肢の中から、彼女が選んだのは、平凡な子だった。どこの教室にでもいそうな男子。「なんでその子が好きなの?」と聞くと彼女は、決まってこう答える。

 好きになっちゃったんだから、しょうがないじゃんって。

 

 二月。彼女は、バレンタインデーに何かしようか迷っていた。チョコレートでもあげれば、といったが、結局何もしないと決めたらしい。

 そんな会話を学校の中庭でしたのがいけなかったのかもしれない。

 翌日の朝、彼女に好きな人がいることがクラス中に知れ渡っていた。彼女は慌てて否定したが、真っ赤な顔を見れば誰だって丸わかりだろう。彼女の淡い恋心は、一瞬のうちにクラス全員が知るものとなった。

 

 三月。彼女が転校することを知った。悲しかった。でもそれと同時に、ある一つの疑問が浮かんだ。

「彼に何かしないの?」と聞いた私に、彼女は黙って首を横に振った。

 そして愛菜は、旅立っていった。

 

 彼女との文通。今日届いた手紙に、目から水が溢れる。それが涙だとわかる頃には、私はとっくに泣いていた。

 こうなることをわかっていて、彼女は、愛菜は、彼に何もしなかったのだろう。仲良くなってしまったら、きっと彼は悲しむと思って。

 

 夏休みになったら、私は、彼女に会いに行く。たとえ、彼女がそこにはいなくても。

 愛菜の生きた証があれば、十分だから。

 

       *

 

 ふう。祐未への最後の手紙を書き終え、何気なく窓の外を見る。いつの間にかものすごく暗くなっていて、私がこれから行く世界もこんなに暗いのかと思ってしまった。いけないいけない。明るくいようと決めたのに。

 

七歳のころから書いている日記に、まさか「病気」という単語を書く日が来るなんて思わなかった。子供のころから元気で、滅多に病気にならない私がなぜか病気になったのが一昨年の夏。その病気のせいで、私はもうすぐ死ぬだろうと言われた。

 

 私は、中学生だった。それなりに友達もいたし、好きな人もいたし、親友と呼べるような子だっていた。でも。

 

余命が残り四か月だと知ってから、急に怖くなったんだ。友達に囲まれるのが。

 

余命四か月だと考えていても、いつ死ぬかわからない。そんなことを言われて、正気でいられる人がいるのか。無理だ。

毎日毎日泣いた。学校では明るく、笑顔で振舞っていても、心の中は不安と恐怖でいっぱいだった。誰にも見られないようにため息をついたことだっていっぱいある。

 だから。

 だから、私は「入院」を「転校」と偽った。

 

その時は、突然やってきた。

 朝、いつもと同じように病院で起きた。今日は外に出てもいいと言われたので、着替えて病室を出た。病院を出て、目の前の横断歩道を渡ろうとしたその時だった。

 

「今日午前九時十五分ごろ、和泉市立病院の前の歩道に、飲酒運転の乗用車が突っ込み、中学生一人が死亡しました。」

 

 七月七日、水曜日。余命四か月と言われ、数えていた日のちょうど一週間前のことだった。

 

       *

 

拝啓

 雨上がりに大きな虹を見ました。すがすがしい気分です。いかがお過ごしでしょうか。

 さて、突然ですが、私、宇佐見愛菜はもうすぐこの世を去ることになりました。一昨年の夏に私の体の中に入った病気が、私を殺そうとしているみたいです。

 転校するまで、祐未と一緒にいることができた時間は、私の最後の宝物になりました。胸に抱いて、これから死ぬまで生きていこうと思います。祐未の幸せを一番に願っています。

 それでは、また来世でお目にかかれることを祈っています。

 どうか、お元気で。

敬具 

  令和三年七月一日

宇佐見愛菜 

上原祐未様

 

 

 

あとがき

こんにちは。如月悠です。

今作は、青春らしいものを書いてみました。楽しくて、悲しくて、儚くて、怖くて、あっという間で。青春ってそんなものだと思います。

楽しんでいただけたら幸いです。