情愛
コーヒー
「不思議だよね」
唐突に咲希が言った、何時も歩いているぼこぼこの砂利道を2人で石けりしながら進む、くるくると石を足でコントロールしながら咲希は5m先の看板にぶつけた。
「マイノリティ、っているじゃん。私が1番嫌ってたマイノリティ。普通を求めていたのに結局私どうかしてるよね。」
「咲希がマイノリティのうちの1人だと思わないけど俺は。」
「じゃあ私たちの関係って何。」
「それは、また別でしょ」
咲希は下を向きながらまた石蹴りを始める、俺は飽きて周りの景色を眺めながら呟く。
「咲希が女の子を好いているなんて初めて知った。」
「誰にも言ってなかったから」
咲希は昔から彼氏が続かずころころ変えるタイプだった。その様子から単純に気分がよく変わる女の子というイメージがついてしまっていたが彼女と俺の関係が始まる前に告白されたのだ。それは俺の彼女だった玲子に振り向かれるように協力して欲しいとのことだった。俺は正直驚いた。まさか、本当に女の子が女の子を好きになるということがあるとは思わなかったから。咲希は普通になりたかった、と言っていた。女性は男性を愛するという普通のこと、この高校生の間はカップルが出来て盛り上がること、少女漫画にあるありきたりな恋でも普通と呼べるものを咲希は求めていた。玲子のことを意識し始めてからは時計の針が止まってしまったかのように普通に対する概念を捨てて俺と毎日帰りながら雑談するのだ。正直頭おかしい関係だ。駅前で1時間も話したり休みの日もどこか出かけたり俺たちの関係は周りから付き合っていると思われるように。
「陽斗は玲子のどんなところを好きになったの」
「うーん、優しくて穏やかなところ」
「ぶっぶー、30点ね、その回答」
「なーにが30点だよ」
「ふふ、面白」
俺らは世間一般的に見たら付き合っていると思われているのだろう、きっと。だからこそ先生方にも目をつけられている、そんなのぶっちゃけどうでもいいのに。
咲希は玲子の好きなところを挙げて言った、
優しくて誰にでも平等なところ、可愛いのに謙遜して相手を立てるところ、努力家で常に上を目指しているところ……
普段から関わりが本当にあるかどうかでみたら少ない方なのに毎日俺との会話で楽しげに話してくれる、正直毎回おなじことを話されるから飽きてくると思われるかも知れないが咲希のそういうところが俺は好きなんだろうか。
「人って自分の固定観念を押し付けるのってなんだろうね、例えばさ女の子は頭良くてスポーツできて優しい男の子が好きなもんだとか、好き嫌いが激しい人はわがままな性格だとか、学校に来ない人は甘えてるとか」
「自分の考えをひけらかして気持ちよくなってるだけじゃないの」
「オチのない話を永遠と語ってて疲れないのかな」
「貴方のために、みたいなの全部押しつけがましい感情論でしかないのに」
カフェに着いて俺がブラック、咲希は角砂糖を3つ入れて飲む、咲希が話しているのも全部角砂糖におしよせて全て飲み込んでいるのだろうか
「苦い」
砂糖が沢山入っているはずなのに
「全部、全部、熱があるときにやるからかな」
「確かに苦いかも、」
不純物0なはずなのにぐちゃぐちゃに口の中で苦いと甘いと酸っぱいが混ざっている、相容れることが出来たらきっと面白くはないから
「酸いも甘いも噛み分けてーー……」
微笑
担任から俺は呼び出された。なんのことかさっぱりだったから職員室に放課後向かうと俺の他に咲希が待っていた。
「よう、どうした。」
「呼び出しくらった。」
「うえー……お前も?」
「いえす」
暫くすると担任の他に3人の先生が職員室から出てきた。先生方の顔色を見るとどうやら嬉しい話では無さそうだ、まあ嬉しい話ならわざわざ呼び出さないか。担任、副担任、生活指導、副校長、こんな具合か。担任は俺たちを一瞥して中に入りなさい、と来客者用の別室に案内された。
「君たちは付き合っているのか。」
「は?」
唐突に聞かれて俺は驚いた。担任の他の先生方の目を見ても確信されているかのように、そんな感じで担任は話し始めた。
「恋をするなとは言わないんだがね、君たちもう高校生なんだから、4月は2年生になるしもう少し勉学に励み大学からでも良くはないか」
「佐々木咲希さん、貴方の成績は中学の頃と比べて下がっている、清瀬陽斗くん、君の成績は圧倒的上位だったのにも関わらずここ1年で中位まで下がってしまった」
「学生は勉強が本業なのだからもう少しそういうのは慎まないか」
「まあねぇ、若いっていいね無責任なことがいくらでも出来るのだから」
「ということだから今回のことは残念だったよ」
ひたすらに、ひたすらに疑問しか無かった。俺らの関係を一概に「恋人」だと決めつけた先生達のことを、全て成績に押し付けて、辞めろという気持ちを。
隣に座っている咲希は俯いて表情が見えない、震えている、いや泣いているのか、いや笑っているのか、読めない。
副校長が目の前に置いていた綾鷹のペットボトルのキャップを開けてごくごくと飲み始めた。それだけ見るとあー飲んでいるのだなとしか思わないけど今は滑稽な姿だと素直に感じた。
ゆっくり咲希は顔をあげた。俺と先生方は咲希を同時に見ていた。
「個性を尊重する学校なのに、面白いですね」
咲希はそういって退出した。
残った俺と先生たちは呆然とそこで座っていた。
ホワイトブラック
高校2年生のクラス替えでは咲希と離された。きっと先生方の思惑もあるのだろう、だが咲希は玲子と同じクラスになれた。それでもうハッピーエンドだと俺は思う。だから今年こそ玲子との距離を縮めようと俺と咲希は思っている。
「れーいこ、一緒に帰ろ」
「いいよーあ、陽斗もいるけど」
「大丈夫、この人は荷物係みたいなもんだから」
「お、おう」
「玲子って好きな人いるの」
「うん、いるよ、別れちゃったけど今でも好き」
「それって陽斗のこと」
「そうだね」
俺はやや後ろから1人で歩いていたがこの玲子と咲希の会話を聞いて頭痛がした。
咲希は俺の事を見たあと
「陽斗よりもいい人いるよ、例えばあたしとか」
「何言ってるの咲希、女の子と女の子が付き合える訳ないじゃん」
あ、と咲希の顔を見た。
咲希は笑いながら
「そうだよねー、それが普通だもんね」
と流した。
咲希は笑っていた。それが普通だもんね、彼女の気持ちはどこにいったら救われるのか俺は激しく怒りを覚えた。玲子にではなく、この社会の偏見を、俺はどうしようもなくて、変えたかったのに変えられなかった。
ある時のことを思い出した。
咲希と中学生の頃、水族館に行った。
咲希は水槽の中にいるシャチを見ていた。
「囚われて見世物にされるなんて私と同じだね」
「シャチって時々白いところがあるよね、あれってなんだろうと思って調べたんだ。群れで行動する時に仲間同士で位置を確認したり、獲物に進行方向を誤認させたり、自分の体を小さく見せる効果があるそうなのね。」
「でもこのシャチには何故かないの、水族館のこの看板には『珍しいシャチ!?アイパッチが無い!』なんて言われてるからこの水族館に来る人たちってこのシャチ目当てで来るのね」
がやがやという喧騒の音、何回も響くシャッター音。
「ねえ、みてぱぱ!」
小さな女の子が彼女の父親に肩車されながらシャチに指を指している。
「あのしゃち、なんでしろいところがないの」
「それはね、普通に生まれなかったからかな」
「ええかわいそうだよぱぱ」
咲希は深呼吸をしていた。
「だから、陽斗分かるか分かんないけど、普通じゃないって可哀想に思われて一生誰かの見世物になるのかな」
愚かに思われる、社会の偏見。
理解は示しつつ実際に身内にいたら受け入れられない。
踵を返し、咲希は前に進んだあの時。
俺はなんと言えたのだろう。
青春
「卒業生代表、佐々木咲希」
「はい」
無事に高校を卒業した。そしてその最後の卒業生代表の言葉を咲希が務めることになった。咲希は校長先生と目を合わせて微笑み、マイクの前で息をすう音が聞こえる。咲希には時折窓から零れる陽射しが当たり、眩しそうにしていた。
「卒業してから思ったことです。これから私は皆さんに告白したいことがあります。」
「世間一般的に見たら受け入れられないでしょう。それでも私は」
「私は、綾島玲子さんのことが好きでした。ずっと。」
会場がざわつく。「え、咲希って玲子じゃなくて陽斗じゃないの」「だってあいつら呼びだし食らったんだろ」「嘘でしょ有り得ない」
「女の子が女の子を好きにならないなんていう自分の中にあるひとつの考えを誰かに押し付けて生きていくのは辞めてください」
「マイノリティという言葉が嫌いでした。だってその社会のレールから外れたように感じるから。」
「誰だって誰かに存在を認められたいのに」
「あたかも自分の物差しが正しいと思い込む」
「誰かをそうやって間接的に殺していることになります」
「自分の感情を他人に押し付けて都合のいい学校を作らないように、都合のいい社会を作らないように私は祈っています」
「許してください」
咲希は目の前でナイフを取り出した、そしてそれを投げた、また走り出した、追いかけなくてはならないなんて頭では分かってる、分かってるけど
苦しいなら解放してあげればいいという考えもある、正解がわからない、周りは驚きどよめく。
咲希はこの世界から居なくなった。
彼女の終わりはこれで良かったのか。
最後に咲希は
許してくださいとまで言っている。
だれが悪いのかわからないのに正解を伝えたのが悪かったのか
それともこういう運命だったのか露知らず
彼女の青春時代は幕を閉じた。