都立武蔵文芸部 デジタル部誌サイト

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恋を絶対に成就させる方法、教えます。

季節は夏。僕の恋は一つの終わりを迎えた。

夏休み前の一週間というのは大きなテストが終わり、授業もあまり進まなくなって、来たる夏休みに胸を弾ませ浮ついた気分になる。そして充実した夏休みを送ろうと無駄な妄想をし目標を立てようとする。あの時の告白も恋人を作って夏休みに濃密な思い出を作ろうと思ってしたものだ。

24日、僕は咲良さんに自分の思いをぶつけた。咲良さんはクラスの中でもそこまで目立つような存在ではない。この学校という場所の中では埋もれて消えてしまいそうな感じだ。けれども僕の目に彼女はそうは映らなかった。いわば一目惚れだ。光を宿してるのか怪しい瞳、黒魔術よりも真っ黒な黒髪、そんな黒とは対照的な不健康的な白い肌。それらすべてが美しく見えた。僕はそんな彼女のそばにいたい。そんな気持ちが彼女と出会ってからずっとあった。そしてこの夏休み直前のフリータイムに今のところ今年最大の大勝負を決行したのである。

結果はさっき書いたとおりだ。私は君と一緒に夏休みを過ごしたいと微塵と思っていないんだ。残念だが他をあたってくれないか。

なかなかにストレートな返答だった。まぁそれも彼女らしくていいと思えた。けれども失恋のショックというのは大きかった。初めの五分はその場から動くことすらできなかった。涙も出なかった。半日でプランを考えて決行したのだから失敗するのも仕方がないといえば仕方がないのだが。

中の下くらいの成績表が入ったカバンを持ちとぼとぼと帰宅した。こんな時は音楽でも聴いて傷心を癒すしかない。そう思って自分のお気に入りのバンドの曲を流した。そのバンドはケツドラムスといってインディーズで活躍しているマイナーなバンドだ。トリッキーなバンド名の通り演奏もトリッキーで頭にお花畑が広がっているような歌詞とサイケデリックな演奏が脳みそを内側からむずむずさせようとしてくる。ヘタクソで不愉快なギターさえなければ世界を虜にできそうなくらい曲はとてもいいのだ。そんなケツドラムスは悲しくなった時にいつも聞くのである。悩み事もきっとどうにかなるそんな気持ちにさせてくれる。

そんな感じに部屋で一人感傷に浸っていると後ろから人の気配がした。最初は家族の誰かと思ったがよくよく考えたら今日は皆出払っていてこの時間はしばらく誰もいないはずである。とたんに僕は振り返るのが怖くなった。強盗か?それとも幽霊かなんかの類か?そんなことを考えていると後ろの怪しい気配の方から話しかけてきた。

「見事なフラれっぷりでしたね、君。」

僕は驚いてすぐ後ろを振り返った。なぜ声の主は僕が告白をして見事なまでにフラれたのを知っていたのだろうかあそこには僕と彼女しかいなかったはずである。まさか誰か覗いていてわざわざ家までつけてきてからかいに来たではないのだろうか。僕はそんな変質者の顔を確認せずにはいられなかった。

そこにいたのは薄汚い白衣を着たやせほそった目つきの悪い男だった。そしてそいつは僕に目を合わせてくるなりこう言った。

「もう一度告白しなおしたくありませんか?」

「その前に誰なんだお、お前は」

予想外に外見が怖かったのか僕の声は少し震えていた。

「私はそうだねぇ、面白い研究をしている科学者いや発明家といったほうがこっちではあってるのかもしれない。まぁそんな感じのジャンルの人だ。名前はハクシとよく呼ばれているよ。今日は実験がてら君にいいものを持ってきたのさ。たまたま外を歩いていたら無様にフラれている君を見つけてね、あまりにも可哀そうだから助けようと思ったんだ。善意にあふれたボランティアをするのさ」

何て胡散臭いやつだ。一文字一文字が胡散臭さにあふれている。とにかく胡散臭い。鼻栓をしても匂いが入ってくる。でもこのハクシとかいうやつの見た目は悪の組織にいるマッドサイエンティストのようで腕は良さそうに見えた。彼が持ってる良いものは本当にいいものなのかもしれない。僕は少しその話に乗ってみることにした。

「良いものってなんだ?」

「よくぞ聞いてくれた!それはねタイムマシンだよ。過去に戻ることしかできないけどね。これを使って告白をやりなおす。どうだい?」

それを聞いて僕は興奮しなかった。なんだそれはモテモテになる薬とかを期待していたのにタイムマシンとかものすごい非科学的なものを紹介してくるとは思わなかった。やっぱこいつは詐欺師だった。見た目がそれっぽいだけの詐欺師だった。そろそろ警察を呼ぼうかと手元のスマホの電源を付けた時、やつは言った。

「どうやら信じていないようだね。よし、じゃあ今から一回実践して見せよう!一回やって見せればいやでも私が信用に値する発明家というのが嫌でもわかるからね。」

そういってやつはじゃーんこれがタイムマシーンさ。とトランシーバーのような物に懐中時計をくっつけたまたもや胡散臭い機械を取り出した。ほんとにこれを信じていいのだろうか?

やってみればわかるものさ。そして彼はその機械につけられたボタンをポチポチ押した。数秒して、グリッチがかけられたように視界が歪んだ。そしてすぐに元に戻ったそこは何も変わらないいつも通りの部屋だった。けれどもものすごく体が痛かった。あの変質者に殴られたのかと思ったがやつはさっきから一歩も動いていなかった。

「これで過去に戻れたはずだ。外に出て誰かに聞いてみるといい。今日は17日になってるはずだよ」

本当にそうなのか僕は筋肉痛のような痛みを我慢して外へと向かった。そしてその辺を歩いていた買い物帰りのご婦人に今日の日付を聞いた。するとご婦人は今日は17日だと何のためらいもなく教えてくれた。そんな馬鹿な。僕はご婦人はあの変質者が用意したサクラなのかと思い、いろんな人に聞いて回った。友達にも電話したり直接会ったりなんなりして聞いた。けれども答えが変わることはなかった。

そろそろ日付を執拗に聞いてくる変質者として市民の皆さんに認識されそうになったところで怪しさを擬人化させた男が話しかけてきた。

「どうだい?本当に過去に戻れただろう?この機械を君に貸そう。ここの赤いボタンを押せばいつでも一週間前に戻れるさ。さぁこれを受け取って君は告白を成功させるんだ。応援してるよ」

そう言って男はどこかへと消えていった。

 

どうやらこれは紛れもない事実らしい。でもこれが現実ならばとてつもないチャンスだ。僕は告白が成功するまで何回もやり直すことができるのだ。そうと決まれば早速作戦を立てよう。

まずは相手を知ることから始めてみるのはどうだろう。今まで咲良さんとは会話はおろか挨拶すらしたこともない。何となく近寄ったらいけないという雰囲気をまとっていたからだ。でも告白が成功すればずっと一緒にいることになるのだ。今お近づきにならなければいつなるというのだ。軽い挨拶からでいいから声をかけてみよう。

こんな感じに第一回の作戦会議は幕を閉じた。

翌朝、いつもよりも軽い足取りで学校に行く。教室に入ると咲良さんは本を読んで自分の席に座っていた。黒いハードカバーのタイトルが認識できないような古い本を読んでいて彼女の妖しさをより一層深めていて少し興奮した。

「おはよう!咲良さん!」

自分史史上一番フランクでフレンドリーな挨拶をする。けれども肝心の咲良さんは無反応である。イヤホンでもしているのだろうかまったく声が聞こえていないようでもあった。これでもまだフランクさが足りないのだろうか。もう一度挨拶をしてみる。

「おっはー!咲良っち~!」

限りないフランクを見せつけてもやっぱり咲良さんは何も答えてくれない。真っ黒な眼はずっと本のほうに向いたまま動かない。

その後も何回もフレンドリーフランク挨拶を繰り返すも咲良さんが何か反応を示すことはなかった。

 

19日。昨日は全く友愛度が深まらなかったので真っ向面から攻めるのは諦め少し角度を変えて攻めることをした。どんなに相手が交流をする気がなくても必ず対話が生まれるイベントがある。それはハンカチ落としだ。大人数で円になるあのゲームじゃない。ハンカチというのは自然とポケットから落ちてしまうものである。それを見た人は必然的に「ハンカチ、落としましたよ」と接触を図ってくるのである。つまり咲良さんの前でハンカチを落とせば向こうが意図せずとも会話ができてしまうのである!これでまずは友達くらいのところまで行こうじゃないか。

さっそく廊下を歩く咲良さんを見つける。背筋がピンとして少し威圧感のある歩き方は思わず道を譲りそうになってしまうほどだ。けれどもそこにはとてつもない美しさが秘められているのである。素晴らしいものだ。

そしてすれ違いざま僕は咲良さんの目の前でハンカチを落とす。そしてそのまま落としたハンカチには目もくれず歩き続ける。そうすれば自然と咲良さんが話しかけてきてくれるはずが、二十分くらい歩いても一向に話しかけてくる気配がない。そろそろ学校を一周して元の場所に戻ろうとしたとき、一歩も動かずまるで地球が始まったころからそこにあったようなハンカチをこの目でとらえた。

おかしいな。もしかしたらハンカチに気付いてもらえなかったのかもしれない。もう一度、廊下を颯爽と歩く咲良さんの目の前でハンカチを落とす。そしてそのまま落としたハンカチには目をもくれず歩き続ける。そうすれば自然と咲良さんが話しかけてきてくれるはずが、二十分くらい歩いても一向に話しかけてくる気配がない。そろそろ学校を一周して元の場所に戻ろうとしたとき、一歩も動かずまるで地球が始まったころからそこにあったようなハンカチをこの目でとらえた。

おかしいな。もしかしたらハンカチに気付いてもらえなかったのかもしれない。もう一度、廊下を颯爽と歩く

そんなことを十数回続けたが結局咲良さんがハンカチに気付いてくれることはなかった。

 

20 フランクフラフラ挨拶大作戦、ハンカチポイポイ大作戦も失敗に終わってしまった僕の作戦とは何か?それすなわち一緒に日直ドキドキ大作戦である。この日は咲良さんと日直になっている日なのである。つまり日直の仕事内で起こる報連相で念願の咲良さんとの会話をすることができるのだ!なんて完璧な作戦なのだろうか。一回目の20日は咲良さんと関りが持てるってだけで心臓がバクバク言ってしまい、全く話すこともできなかった。けれども今回は攻めなければ四日後に迫る運命の告白の日に間に合わないのだ。やっぱりドキドキするハートを抑えながら咲良さんと一緒に仕事をこなす。黒板を消したり日誌を書いたりよくよく考えてみれば日直の仕事のような簡単なものに報連相なんて基本的に必要ないそこまで会話なんて生まれないのだ。完全なる計算ミスだ。完璧な作戦だったはずったのにどこで一体間違えたのだろうか。己の愚かさに嘆いて机に頭を打ち付けていると何と珍しいことに咲良さんが僕の席にやってきた。手には日直が日々の授業の様子や一日の総括を書く日誌を持っているそして蔑むかのような眼で僕を見て

「これ、残り書いといて」

と物静かな声でものすごく手短にそう言って僕に日誌を渡す。

僕は感動した。ついに咲良さんとの会話に成功したのだ。やっぱり僕の作戦は間違っていなかった。ついに僕は始めの一歩を踏み出したのである。待てよ、咲良さんから言葉をもらっても僕が言葉を返さなければ会話とは呼べないのではないのだろうか?これではいけないこのままでは始めの一歩が足を上げたままの片足立ち状態になってしまう。コンマ二秒で僕は思考し早速行動に移した。

「はい!喜んで!」

そう口にしようとしたがすでに咲良さんは自席に戻ってもくもくと本を読んでいた。僕の声に反応を一切示してくれなかった。結局僕は右足の着地点を失いしばらく片足立ちで過ごさなければいけなくなってしまった。

 

21 昨日は完全に僕の不注意で失敗してしまった。戒めのためにもけんけんで登校することにした。そして昨夜考えに考えた作戦を復習する。その名も相手の趣味に合わせてとりあえず会話の糸口を見つけよう大作戦、略してASATKIM大作戦。咲良さんはいっつも真っ黒なハードカバーの分厚い本を読んでいる。あれはおそらく黒魔術とかその辺の本なんだろう。だからきっと咲良さんは黒魔術とかそういうのが趣味なんだろう。なんて高尚な趣味なんだ。僕はどんどん咲良さんの虜になっていく。僕は今までの人生の中で黒魔術なんてたしなんだことがないのでネットで手に入れた付け焼刃の知識だけどきっと話せるはず。きっと。

教室に入るといつも通り咲良さんはとても凛々しく例の黒魔術書を読んでいた。その姿はしびれるほど美しかった。この美しさに近づいて良いものかと咲良さんに話しかけるのを少しためらうが勇気を出して声をかける。

「やぁ。咲良さん今日も素敵なグリモワールをしているね。僕のサバトウロボロスボロスしているよ。」

相変わらず咲良さんは全く反応してくれなかった。きっと驚いて声が出ないんだろう。今まで黒魔術を趣味にしている人に出会わなかった。そして今人生で初めて自分の同志を見つけたのだ夢か現実か戸惑っているに違いない。でもこういう時はもっと驚いた顔を見せてくれればもっとかわいいのになぁ。でも何事にも顔に出さないスキのないところもまたそれはそれで魅力なのだけれども。とにかくここで会話を途切れさせてはいけない。僕は二言目を発する。

「そういえば昨日のカドゥケウスは見た?あのアミュレットがトワイライトゾーンしたのは傑作だったね!思わず僕もウロボロスボロスしちゃったよ」

ここまでもやはり無反応。まだ咲良さんは夢でも見ていると思っているのだろうか。それでも焦りは一切表に出してこないというのはすごいな。僕だったらあわあわして穴という穴から汗が吹き出してしまう。とにかくもっとそれっぽいことを言ってこれが現実であることを認識させなければ。

そんなこんなで数えきれないくらいの黒魔術トークをしたが咲良さんがそれに返答をしてくれることはなかった。もしかしたら咲良さんは黒魔術を嗜んでいないのかもしれない。でも僕との共通点を見つけられたことは一つの収穫なのではないのだろうか。とにかくこの今日得た情報を元に明日も交流を深めようと帰路に就いた。

しかし、ここで問題が発生した。なんと明日と明後日はどちらも休日だったのである。咲良さんのことで頭がいっぱいになっていて大事なことを見落としてしまった。僕は咲良さんの連絡先はおろか住所も知らないのである。つまり今から二日間は彼女と接触することは不可能なのである。そしてこの二連休を超えた先に待っているのは24日。僕が告白する日である。つまり僕と咲良さんとの信愛度は昨日までのもので最終決定してしまうのだ。一週間の猶予があるかと思ったら実際は四日しかない。でも僕には告白は絶対成功するという絶対的な自信があった。そしてこの濃密な四日間は二人の仲を確かなものにしたに違いない。こうして僕は二度目の運命の日を迎えた。

 

晴れやかな朝。今から始まるのはこれまでの総決算である。富士山の前を走り抜けたいところだが気持ちを抑えて学校へ向かう。ここからは前回告白した広場へと咲良さんを誘う。まず咲良さんの靴箱の中に放課後、さらささ広場に来るように書いた手紙を入れる。さらささ広場というのは学校の近くにあるだだっ広い草原で真ん中に大きな木がある広場だ。どうやらこの木の下で告白すると必ず恋が実るらしい。もう告白が成功するのは確定事項なのだが一応保険として前回同様告白はここでしようと思う。

さて、告白するセリフも考えもう何も失敗する要因がなくなったところで僕はさらささ広場で咲良さんを待った。

待った。

待った。

待った。

日が暮れた。

待った。

待った。

月が昇った。

おかしい。全く来ない。とんでもない想定外の事が起こってしまった。咲良さんが告白の場に来ない。どんなに完璧な台本があってもそこに役者がいなければ演劇は成功しない。僕は咲良さんとの信愛度がいいところまで行っていたと思っていたが全く足りなかったのである。僕は悲しんだ。涙を流して急いで家に帰った。そしてまたケツドラムスのCDをかけて心の傷を癒した。そして鍵付きの引き出しの中にしまっておいたあの発明家からもらった機械の赤いボタンを押す。そして三度目の17日に向かった。

 

三度目はあまり進展がなかった。二度目のルートと同じように彼女は告白の場に来ることはなかった。それから十回くらいは同じような道をたどった。そして僕はついに万策尽きてしまったのだ。そこで僕はこの何回でもやり直すことができるという特性を生かしてみることにした。

一回のルートで告白するのを考えるのではなく彼女のことを何回かじっくり観察することによって、色々な今まで見えていなかった部分を見るのである。なんていいのだろうかこれをすれば彼女と今まで作ることができなかった入学後の空白の期間を埋めることだってできる。早速僕は赤いボタンを押して十九回目の17日に行った。

 

18日(火)晴れ

今日も咲良は窓際の机でよくわからない本を読んでいた。崩れることのない崩れることのない仏頂面をもう何回見ただろうか。でもまだ足りないなもっと見ていたい。授業中は真面目だ。黙々と板書をしていて優等生だ。きっと頭も良いのだろう今後の追跡で分かるはずだ。頭を動かす時にふわっとくるあの匂いが鼻腔をくすぐるたびにトリップしそうになる。

昼休みは図書館に行っていた。読んでいるのは教室で呼んでいるような真っ黒のへんな本ではなく表紙に人の目の写真が敷き詰められているへんな本だった。

放課後は特にどこかで道草をすることもなくまっすぐと帰って行っていた。ここで大収穫を得た咲良の家の所在だ。これでついに土日でも咲良と接触を図ることができる。まだ焦らずに観察を続けよう。

 

19日(水)晴れ

今日は自分史初、家を出る咲良をこの目に収めることに成功した。咲良はかなり朝早い段階で家を出ているようで学校にはクラスで一番最初のかもしれない。万が一教室で二人きりになってしまったらまずいので人が来るようになるまでそこには行けない。もどかしい。

登校中は音楽を聴いているらしくイヤホンをつけていた。けれども表情を一切変えないので曲のジャンルとかは分かんなかった。

朝の行動以外特筆するような変化はなかった一日の行動は規則的になっているのだろう。

 

22日(土)曇り

9:30 家を出る。ついに僕は咲良の私服を観察することができた。白と黒のボーダーシャツにデニム。盛ったりもしないシンプルな格好だった。

10:00 市の図書館に入る。優雅に本を読んでいた。

12:00 帰宅。昼食でも取るのだろうか

そこから彼女は家から出ることはなかった。彼女はやはり本の虫であった。

 

23日(日)晴れ

8:27 家を出る。この日の服装は半そでパーカーにジーパン。咲良は自分を飾るというのはあまりせず、自然体のままでいる服装だ。

8:37 電車に乗る。都心の方に向かう路線に乗った。

9:04 降りる。

9:17 怪しげな古本屋に入る。本が大好きだ。

16:13 色々な古本屋をめぐり電車に乗って帰宅した。

彼女は毎日のように本に憑りつかれた生活をしている。インテリ系だが本に対する情熱は一級。一つの趣味に熱心な彼女に一層惚れる。

 

そこから僕は何回も何回も咲良を観察した。ノートは三冊目に入ろうとしているところだった。けれども僕は結局彼女が奇妙な本が好きということしかわからなかった。咲良は外に出ているときは何事にも反応を示さない。しかも僕が見られる期間はおんなじ一週間だけでもう次にどんな動きをするか予測できるまでになった。けれどもこれではいけない。どうにかして彼女をものにしなければならないのである。もっと彼女の内面を知らなければならない。将来の夢から下着の色まで。彼女の隅から隅までを知り尽くさなければならない。そうしなければ僕の告白は成功しないのである。僕にはまだ知っていないブラックボックスがあるのだ。それは彼女の家の中である。僕に残されている手段はもうこれしかない。彼女の家に潜入し、彼女の家の中での挙動を一つ一つ記録していくのである。彼女が家で見せる本当の姿というものを自分の脳に焼き付けるのだ。この一週間の彼女のすべてを見るのだ。そうと決まれば後は実行に移すだけ。僕は例の赤いボタンを押した。

 

視界が歪んだ後、ここは17日。体への痛み耐えながら立ち上がろうとする。時を戻すたびに体がとても痛くなってくるような気がした。そんなことはどうでもいい。僕は彼女の家に行くために外に出る。体が痛い。いつもならばもうとっくに治っているはずなのだが今回はなかなか治らない。立つのが厳しくなり電柱に寄り掛かる。少ししたところで後ろから聞き覚えのある声がした。

「調子はどうだい?恋に悩む少年。」

声の主はあの発明家だった。

「あと少しで実りそうです。ありがとうございます。ハクシさん。」

「お礼の言葉なんかどうでもいいんだが。体に変化とかないか?」

「変化?」

「体が痛いのが強くなったり長くなったりするとかだよ」

「それだったら今ちょうどものすごく体が痛いんですよ。それもいつもよりも痛いし長いんですよ。」

「そうか。ちょっと腕触ってもいいか。」

そういって発明家は僕の腕を触ってなでるととてもうれしそうな顔をした。

「時に少年、これで何回目の17日だ?」

「えっと51回目です」

それを言うなり、発明家は目を見開いて両手を上げて叫んだ。

「やったぁぁぁぁ!実験は大成功だぁぁぁぁ!」

「実験は大成功って。いったいどういうことですか?」

興奮を抑えきれない発明家はこう言った。

「まぁまぁ見ればわかるさ。あぁでも君は見ることができないのかじゃあいいや君に説明しよう。」

僕はよくわからないので発明家の話を聞くことにした。

「単刀直入に言おう。君は今から木になるんだよ。」

僕は全く理解できなかった。

「木って、植物の木?」

「そうだよ。このタイムマシーンは世界を構成するコードを書き換えて過去に戻しているんだ。世界を書き換えるかなり大きな影響力が生まれるものだからこの機械の近くにいる人のコードはかなり大きく書き換わってしまうんだ。最初は思考がおかしくなったりするだけで済むんだが何回もそれを繰り返していくうちに人を構成するデータが書き換わってしまうんだ。そして人のデータから互換性が一番近い木のコードになってしまうってことだよ。どうだい分かったか?だから君は今から木になるんだよ」

僕は全く男の内容が頭に入ってこなかった。それは男の話す事実を否定しようとしているからなのかもうよくわからなかった。どうにかして絞り出して言葉を吐き出す。

「コードってなんだよ人の体を構成しているのは細胞とかじゃないのか

その言葉に男は僕に近づきながら淡々とこう答えた。

「君たちが学問といっているものは観測されたごく一部の事実を自分たちの都合のいいように解釈しているだけだよ。だから私のように他の世界があるということを気づかない。そして生物は細胞でできているというのは君たちがそう解釈しているだけに過ぎない。私たちから見れば万物はすべてコードでできているんだよ」

僕はこの男の存在というのがよくわからなかった。自分が本当に認識できるものなのか。本当は認識の外にあって本来ならば見てはいけないものなのではないか。僕はこの男が怖くなり彼を突き飛ばしてここから逃げようとした。けれども腕は動かなかった。僕の腕はになっていたのだ。他に表現しようがない。これは確かに木だった。僕は驚いて尻もちをついた。いつもなら聞こえないようなとても固い音がした。

立ち上がって逃げ去ろうとしたが足は動かなかった。木になっていたのだ。

僕は恐怖のあまり叫ぼうとした。けれども声は出なかった。喉と口が木になっているのだ。

発明家が口を動かして何か言っている。けれども何も聞こえなかった。耳が木になったのだ。

もう僕は何も感じ取ることができなくなった。目も鼻も木になったのだ。

すべてを失いものすごい恐怖に支配されていたがそれも感じなくなった。脳も

 

不思議なことに目が覚めた。僕は体育座りの姿勢で丸まっていた。そこはまるで子宮にいるような生命の温かさを感じる場所だった。とても狭くて動くことはできないが明るさはあった。穏やかな音も聞こえるし、安心する香りもした。五感を取り戻したことに脳が喜んでいた。ここは一体どこなのだろうか。すると三十代くらいの年老いてもないし若くもない半端な声が聞こえた。

「目が覚めたかい。私は君の世界で言う警察的な存在だ。私たちは君に謝罪をしなければならない。君にあのタイムマシーンを渡してきた男。奴はとんでもないマッドサイエンティストで変な実験ばっかり繰り返していたのだ。彼は私たちの世界で実験することを禁止されたのだが、なんと世界をまたいで別解釈の世界で実験を始めてたのだ。他の世界で怪しい実験をすれば界交問題にかかわることだ私たちは奴を探しそして捕まえた。けれども君は間に合わなかった。奴の実験の犠牲になってしまった。まだ助かる状態だったから今こうやって治療をしているわけだ。大事にならなくてよかったよ。とにかく私たちが未熟だったせいで君には多大なる迷惑をかけてしまった。お詫びといっては何だが元の世界に戻ったとき、君にプレゼントをしておこう。きっと喜んでくれるはずだ。それじゃあまた眠ってもらおう。大丈夫。元の世界に帰るだけだから。」

 

目が覚めると僕はさらささ広場にいた。何が起こっているのかよくわからなかった。いまいち今まで何があったかも思い出せない。どんな経緯で僕はこのさらささ広場の草原で寝ていたのだろうか。不思議に思いながら僕は帰路に就いた。

翌日、僕は夏休み前最後の学校から帰っていた。毎年のように今年も一人でのんびりとした夏休みを送るのかと考えるとなんかさみしい気持ちだ。そんなことを考え手から誰かにぶつかってしまった。

キャッという声とともにぶつかった相手は転んでしまった。鞄を落として中身がぶちまかれてしまった。僕が引き起こしたのだから拾うのは当たり前だ。すみませんといいながら落ちてるものを回収する。散らばった教科書や本を拾い上げる。どこかで見たことのあるような本ばっかだった。鞄から飛び出たものにCDもあったらしいそれを手に取る。そのCDはとても見覚えのあるジャケットだった。これはもしかしなくても「あっ」という声がぶつかられ主から発せられた。振り向いて見てみるとその人は咲良さんだった。急な恋する相手の認識にドキドキする。顔が少し赤くなる。けれどもそれ以上に彼女の顔は赤らんでいた。眼は見開いてあわあわしている。今まだ見たことのない顔だった。

「このCDってケツドラムスだよね」

「そう

耳まで真っ赤な彼女は顔を鞄にうずめていたのでこもった声で小さく答えた。

「ど、どうしてそんなに恥ずかしがってるの」

「だって、みんなケツドラムスって言うと笑うんだもん変なの聞いてるってバカにするんだもんあなたもバカにするんでしょ」

いつもは平坦な抑揚のない声でしゃべる彼女がこんな情緒的に話すのを聞いてものすごく新鮮さと可愛さを感じた。

「そんなことないさ!だって僕もケツドラムスのファンだもの!」

「本当!?」

鞄に顔をうずめていた彼女が目を丸くしてこちらを向く

「ケツドラムスのファーストシングルのタイトルは?」

「『ケツドラムスのうた セミファイナイル』!最初のころからケツドラムが情熱的でかっこいいよね。」

「ケツドラムス復活の時に行われたライブのタイトルは?」

「『帰ってきたケツドラムス』!見に行ったよ。」

彼女が質問をして僕が答えるたびに彼女は目を輝かせながら僕に歩み寄ってくる。いつもなら絶対に見せないような表情を僕に見せてくれる。目と鼻の先くらいまで近づいたとき

「じゃあ!じゃあ!ケツドラムスで一番好きな曲は!?」

「『ケツドラムⅤSウクレレ ~史上最強の秘密兵器~』!」

「好きな曲も同じなんて!」

彼女はついに僕に握手をしてきて飛んではしゃいでいる。初めて彼女の手を触った。とても柔らかくてすべすべで

「ねぇ!この前発売されたLIVEDVD!家にあるんだけど見る!?」

NOと答えるはずもなかった。荷物を整えて僕は彼女とともに家に向かった。その間もずっと咲良さんと話し続けた。今までしてきた会話量なんて米粒くらいに思えるくらい話した。

季節は夏。僕の恋は一つのゴールを迎えた。